ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

戦後

 弁護士だった正木ひろしが発行していた個人誌「近きより」旺文社文庫版5「帝國日本崩壊」p.287、1945年12月号

 「日本は万邦無比な国体を有することが第一の特徴であり、その故に有難い国だと教わってきた。
しかし、事実において何が有難かったのか。天皇に所有されたる生物、それは牛や馬と同じ家畜に他ならない。だから日本の国体を有難いと言うのは、家畜主たちと、その番犬階級のみ。」


 戦争が終わって気がついちゃった人もいた。


 法政大学出版局から復刻出版されたばかりの手塚治虫の「ながい窟(あな)」は6月2日出版なのに、もうすでに版元で在庫ナシになっている。134ページで2,200円。

 手塚治虫が1970年に発表した、在日朝鮮人をめぐる差別問題を描いた短編漫画「ながい窖(あな)」が復刻される。全集に収録されておらず、知る人ぞ知る存在だったが、「虐げられてきた人々の苦しみを多くの人に知ってほしい」と、学術書を手がける法政大学出版局の若手編集者が企画。6月2日に出版された。
 全50ページ。70年に雑誌「サンデー毎日」で発表されたのち、短編集「空気の底(下、初版)」(72年)の他にはどの作品集にも収録されていない。
(朝日新聞2026年6月2日)


 荒川区の「ゆいの森あらかわ」(荒川区立図書館のいわば中央図書館)で、探している本がある棚はどこにあるんだろうとウロウロしている途中で、眼の端にひょいと「小沢正一」の名前が入ったもんで立ち止まり、なにか一冊借りていこうと、抜き出したのがこれだった。何冊かのシリーズになっている、彼のエッセイ集の一冊。晶文社だから、当然のごとく題字は平野甲賀。中に田中小実昌との対談が入っていたりする。








         


       

その後の水俣

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 水俣は全く終わっていない。


 56年前におこなわれた、水俣湾岸の当時の中学生への聞き取り調査票が熊本大学から出てきた。ヘルパーの女性が、当時の対象だった223人に追跡調査の協力願いをして歩いた。協力を申し出てくれたのはわずかに43名である。70歳前後になった彼らはこれまでの人生で、水俣という地名に翻弄されてきた世代である。


 国も、マスコミも、そして私たちももう終わったものとして忘れてきたことだ。直視しなくてはならない。逃げて終わろうとすれば終わることはできる。しかし、それはこの国に生きてきたものとして、あまりにも失礼だ。


 知的障害を抱えてきた人たちの中には、水俣湾岸出生の人たちのように、何らかの水銀による影響を受けている人が全世界的にいるのではないかという気がする。




        

台風ももう6号

 台風が日本列島南岸に沿って東へ抜ける。ずっと風は北から吹いていたので、ほとんど影響は受けていなかったけれど、雨は相当に降っていた。


 つれあいの従兄弟が、85歳で他界した。ここ二週間、医者はもう手の施しようがないといっていた。従兄弟連中はその間病院に行って最後の面会をしてきた。ある意味、恵まれた最後だったかもしれない。親族の中では唯一の東大卒で、旅行代理店に奉職していた。そういえば昔は旅行と言ったら旅行代理店にいって聞いてこようと思ったもんだった。遺族の希望で家族葬だから従兄弟連中も、その相方は参列するのはよそうということになった。彼のおかあさんは103歳まで生きた。あのおばさんほど生きられるのはもう親戚の中にはいそうもない。

 さすが旅行代理店に勤めていただけあって、何年か前には「ピースボート」に乗ったそうだ。



 どこかのラジオでMonty Alexanderがかかっていた。そういえばこの人のピアノを聴いたことってなかったかもしれないと思ったので、近隣の図書館で借り出してきた。どこをひっくり返しても「オスカー・ピーターソン直系」といわれているジャメイカ出身。1944年生。スウィング感がまさにピーターソンで、そこのところが長部正太に通じるものがたくさんたくさんある。こういうのが一番自分に合うなぁ、と今更ながらに頷く。



 私は小説というものをほとんど読んだことがない(何度もいうな)から、小説系の雑誌もほとんど手にしたことがない。一昨日某近隣図書館へ行った時に、入口の「どうぞお持ちください」棚に一年前の「小説すばる」なるものがおいてあったので、一冊もらってきた。530頁もある分厚い雑誌で、それでも千円くらいで買える。その中に「ブックガイド 犯罪ノンフィクションはこれを読め!」なる特集があって、これには興味をそそられた。そうか、そういえば佐野眞一の「東電OL事件」なんかもかなり興味を持って読んだなぁと思い出した。






      

      

公共施設のトイレ



まだ、女性用のほうが箱の数が足りないんだって。
えっ!まだそんなこといってんだ。


公共施設のトイレはスマホが通じないようにしたほうが賢明。
男も滞在時間が長くなったそうだ。


欧州のどこの国だったか忘れたけれど、オペラハウスでの休憩時間になると、一定時間がすぎると、男性用のトイレに女性を入れるように指導する。イベントホールはこれをやるに限る。
 そういえばMetropolitanの一番上のフロアーはintermissionになると男のトイレすら、行列になったもんだったなぁ。


今朝のTBSラジオ森本毅郎の番組で話題に。





     



      

ハガキ


 隣の区に住んでいる友人からハガキを貰った。几帳面にワープロで書いてプリントアウトしてある。これ、なかなかいい感じである。しかも、自分が出したハガキの中身がちゃんと手元に残るってわけで、これは良いかもしれない。
 返事を手書きで出した。どこで買ったのかもう思い出せない、老人が描かれた絵葉書である。その友人からはメールで返事がきた。中身について書いてあるけれど、自分の手元にはなにも残っていないので、はて、どんなことを書いたっけ、と思い出せない。

 近代兵器の勝ちである。

 そういえば、大量にあるカセットテープやMDをどうしたものだろう。CDを買ってくれるところなんてあるんだろうか。





      

常識が通じない

 常識が通じないやつというのはどこにでもいるわけで、今更なんだよなんだね。それにしても程度の差はあって、今までの人生の中では凄いのもいたよ。ここまでいうと、きっと「そりゃお前のことだろ?」というやつもいくらでも出てくるだろうね。
 それは否定しない。なにしろ私は「常識」なんかに縛られていたら人生あっという間に終わっちまわぁ、といってきたからね。それでなくてもあっという間に終わりそうだけれどね。
 頼まれたものを一つずつ眼の前に、買った時の領収書とともに出して見せたら、「一つくらいプレゼントしてくれたって良いだろ!」と声を荒げた元上司なんてのもいるよ。人に物を持ってきてくれと頼むのは、もちろん金を払う、ということだと受け取っていた私が常識外れだったということだったようで、それを今朝思い出したところへ、「風呂設備の新替えをおすすめしていますがぁ」というしつこいセールス電話がかかってきて、思わず電話口で「間に合ってる!」といったら、こいつがしつこいやつでねぇ、切ろうとしないからがちゃんと切ったんだが、気分最低だなぁとなったけれど、それじゃあいつの思うままに載せられたと気がついた、たった今。

 いざというときのために保持している家の電話だけれど、そろそろ潮時かなぁ。