ほぼ足りてまだ欲 その先

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大下英学塾

 横浜生まれで1960年代に育った人はこの塾の名前を知っているかも知れない。東横線菊名駅から綱島街道を東神奈川方面に坂を登った左側にあった大下医院の裏にあった。
 この塾に通い始めたのは中学三年になる春からだったと思う。当時の横浜の中高生の中ではかなり知られていた英語塾だったらしい。もちろん自分で探してきたわけではない。岡山の女子師範をでたおふくろはわが子の教育に指揮権を持ついわゆる「教育ママ」であったからこういうことをどこからともなく見つけ出してきてはわたしを行かせていた様だ。大正生まれの女子師範をでたおふくろを持った恩恵か。この塾は通常、中学一年からはじめることになっていたようで、途中から入った私は中学一年生のクラス、中二のクラス、中三のクラスに同時並行に出席しだした。各クラスが日曜日の一時間、平日夜の一時間に開かれていた様な記憶があり、日曜日は朝から夕方まで三つのクラスに出席し、平日も三日間通っていたんだと思う。<しかも>ここの先生は広島出身の大下先生で、多分駐留軍で研いた英語だ。ガリ版刷りのテキスト、というよりも文例集があり、辞書は岩波の通称「さいとう」という斉藤秀三郎著「英和中辞典」。多用していた教科書は通称「やまざき」と呼んでいた赤いハードカバーの本で、例文が書かれていてこれについての解説が掲載されていた。
 この塾はとにかく暗記。授業に出てきた英文をすべて次の回までにそらんじられる様に覚えて来るというものである。その上、発音は完璧なアメリカ英語。この時身に付いた米語プロナウンシエーションはいつまでもかわらない。オーストラリアに行っても「おまえはなんでアメリカン英語なんだ」と誰からもいわれた。
 例えば、先生に指名されて「NO」を発音してみろという。「ノー」というと、だめだという。何回いってもダメと云うだけ。最後に「ノウ」に到達して初めて座らせてもらえたという具合。発音記号を全部続けてそらんじる。「エ、プ、ブ、トゥ、ドゥ、ヌ、ン・・・」と全部の発音記号を毎回冒頭にみんなでそらんじていた。この口に出して云う(斉藤孝さんの話は今始まったことじゃないんだな)というのがとても重要。しかも例文もなんでもそらんじて口に出して発音すると云うことが正に重要。口にクセになる、という点が必要なところであったんだと思う。今の教育ではやらない。そういえば国語の時間でも教科書をみんなで読み上げた。立って教科書を捧げるようにして読んだ。言語はこうしないとクセにならない。
 しかし、毎週何日もこの塾に捧げていた日常は遊びに目覚めてしまう高校時代にはとても辛かった。何度も辞めたかった。でも辞められなかった。先生が尊敬に値する人で、裏切ることが出来なかった。こんな訓練(敢えて教育といわずに)がマスターするためには必要なプロセスなのかも知れない。
 大下塾をもう一度見直す必要がある。