ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

村松友視(示見)

 全く唐突な話だけれど、作家の村松友視(通常はこう書かれている)氏は生まれは私より7歳上。私と同じ小学校の卒業生であるらしい。つまり同窓生ということになるのか。しかし、私はその小学校を最後の6年生の一年間だけである。氏が清水市(現在の静岡市清水区)に暮らしていたらしいというのは、全く氏の著作を手にしたことのない私にも聞こえてきてはいた。
 しかも同氏には「巴川」という著作があるらしく、それをヒントに清水を歩いた「鉄道ファンの方のサイト」を見つけた。懐かしい。この方は三保も歩いておられて、巴川をちゃんと研究している。
 1974年7月の七夕豪雨のことも書かれていて、その結果静岡鉄道の路面電車が廃止されたことまで書いておられるのはさすがである。あの日、私は三保のアパートで友人たちと麻雀卓を囲んでいた。やけに降るなぁとはいっていたけれど、そんなことになっているとはつゆ知らず。翌朝、からっと晴れた日曜日に街まで遊びに出かけ、大事になっていることにようやく気が付いて慌てて帰ってきたことを想い出す。
 村松氏は慶応大学の出身。高校は静岡の公立名門進学校である県立静岡高校である。静高出身者の中で興味深かったのはかつてのNHKのアナウンサーで歌舞伎に造詣の深い山川静夫氏が村松氏の7歳年上。それにしても方言のイントネーションを彼らはどうやって払拭したのだろうか。よく考えてみると、私が清水市の三保に転校したのは1958年のことであり、多分その年か、翌年村松氏は大学に進学して清水を去ったのだろう。つまりすれ違いである。
 地元の図書館から「巴川」を借り出す。静岡新聞社から発刊されているという「だけん、人はいいだよ。」は図書館蔵書にはなかった。これは清水弁で「だけど、人間はいい人なんだよ」という意味だ。