ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

本屋

 またも教文館にはいる。
 先日見かけた時はよく見なかったのだけれど、月刊現代の1月号は中田整一の「真珠湾攻撃総隊長・奇跡の自叙伝」が載っている。「真珠湾攻撃総隊長の回想 淵田美津雄自叙伝」は先月末に講談社から刊行されたばかりだと先達からご教示頂いたばかりで、毎月は買わない現代を今月は買ってみた。あ、肝心の新刊自叙伝を買うのを忘れた。淵田美津雄は真珠湾攻撃時の指揮官で、なおかつミズーリー号上での降伏文書調印にも立ち会っているのだそうだ。
 岩波書店の月刊世界は特集が「貧困とたたかう」、そして「南京事件70年」である。例の大連立について月刊現代は自民党中川秀直に聞いているが、こちらは政治部記者の匿名座談会である。匿名座談会というのは胡散臭い雑誌でもやるし、こういう雑誌でもやる。貧困特集では内橋克人が佐野誠と対談をしている。昨日のNHKの「ワーキング・プア」の再放送でも内橋はコメンテーターを果たしていた。
 そして今日の目玉はこれまた岩波書店から出ていた「戦後腹ぺこ時代のシャッター音 岩波写真文庫再発見」赤瀬川原平著 である。1950年6月から岩波が発行した「岩波写真文庫」について書かれた本だ。8年半の間に実に286冊が刊行されたという。その中から赤瀬川原平が選んで10冊が今年の9月に復刻されたというのである。なんで今までこれを知らなかったのか、不思議でならない。実は私はこれまでにわずか三冊を古本で入手している。→こちら。で、復刻された10冊の中から「日本-1955年10月8日 #183」と「戦争と日本人-あるカメラマンの記録 #101」を入手。戦争なんか本当に知らない、平成生まれの若者たちに見ておいて貰いたい写真が目白押しだ。
 「日本-1955年10月8日 #183」はこの日に撮った写真を日本全国から募集したものだそうで、応募総数2,817点とある。朝鮮戦争特需でアマチュア・カメラマンがどっと増えた時期なのだそうだ。この年、私は小学校2年生。この企画はその後「1956.08.15」「1957.04.07」「1958正月」と4回本になっているそうだ。
 この日、六大学野球:法大2-1早大、立大7-1明大、関東大学バスケットボール・リーグ:立大82-47教育大、明大91-59日大、関東大学アメリカンフットボール・リーグ:日大39-13明大、立大12-0法大とある。
 「戦争と日本人-あるカメラマンの記録 #101」は朝日新聞のカメラマンだった影山正雄が撮影した一家の写真を軸に「2.26事件」から戦争直後までを語る。巻頭の写真は小さな男の子の死の床のもので脇におばあちゃんと覚しき老婆が悲しげな表情で映っている。巻頭の写真にしては随分とショッキングな写真だが、最期まで見てきてこの写真の意味が分かる。*1
 もう一冊は、あんまり噺家が書いたものを読むというのは好きではなくて、昔っから手にしたくはなかったんだけれど、先日京須偕充著「圓生の録音室」をよんだらおもしろくって(噺家が書いたものではなかったけれど)ちくま文庫の欄を覗いたら今度は柳家小三治の「落語家論」なんてのがでている。なんだかなぁと思いながら最初のところが稲荷町正蔵(後の彦六、故人)の話を書いていて、やかましい表の小僧たちに向かって「うるせぇ!俺は天下の正蔵だ」と見得を切ったという話を書いていてこれを読んだら声が聞こえて来ちゃって、思わず買ってしまった。

*1:071213追記:岩波写真文庫は1987年から1990年にかけて114冊が「復刻ワイド版」として復刻したことがあるそうだ。なるほど書棚からその一冊と覚しき「#71 横浜 1956」を発見した。これは先に書いた「オーストラリア」「日系アメリカ人 - ハワイの -」と同時に古本屋から通販で買ったのだと思う。