ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

cc

 メールを人に送る時に誰かのところにも同じ文章を送っておいて参考に見ておいて貰う。そんな時に「c.c.」と表記する。元の意味はよく知られているように「carbon copy」を配布するという意味から来ている。かつてはコピー・マシンなんてものがなかったから手紙をタイプ・アウトする時に宛先送付用のオリジナル、カーボン紙を挟んでその下に転送先向けのセカンド、またカーボンを挟んで控え用の紙を挟んで打つ。すると2枚目、3枚目が段々にボケながらもコピーとなって残る。手紙の時や資料でも左下に「c.c.:」として配布先名を記す。だから、誰がこの同じ情報を共有しているのか分かるようにした。
 今、既にE-mailの時代となってそのままメール・フォーマットのc.c.に第三者のメール・アドレスを入れさえすればぽんと飛ぶ。それなのに今でも「カーボン・コピー」の略称である「c.c.」を使っているのがおかしくて仕方がない。そのうち、こうしたいわれを多くの人が忘れてしまうことになるのだろうか。1971年に仕事に就いた時の先輩からメールを戴いて、様々なことを思いだし、ついでにこんなことを思いだした。
 そういえばあの職場で英文タイプを勉強することを要求され、おかげでこうしてパソコン入力に全く困らない人生を送ることが出来ているのだから、あの頃の給料をお返ししなくちゃならないのだろうなぁ、全くの話。