取り敢えず表明しておきたいのは私は自公政権から政権が交代したことについては大変に歓迎していて、腐敗しきった自公から政権を取り上げることができた日本国民に感動したのである。
で、昨日の衆議院本会議での代表質問に立った自民党の稲田朋美議員の質問には、あの人の人となりを大いにうかがわせるものであったのだけれど、自民党はそういう野党になりはてたのであるということを認識しなくてはならない。
はなはだ残念なことに現政権を攻めれば攻めるほど、細かく追求すればするほどそれまで永年にわたって自公政権が行ってきたことを浮き彫りにすることになってしまうことに気がついていないのだとしたら、大変に残念だけれど、もちろん気づいたままそのスタンスを取っているに違いない。各種特殊法人の実態を隠し続け、発覚しそうになったら担当大臣を放りだしたのは自公政権だったはずで、彼女が民主党に対して「ごまかし」だというのはそのままブーメランとなって返ってくることを思うと、むなしさが募る。なおかつそれでいながらの自信振りには何もいうべき言葉を持たない。
小沢一郎陸山会事件についてはもちろん彼女は検察審議会の議決資料を読んでいない。
彼女は元はといえば弁護士であるけれど、その名前を知ったのは「百人斬り裁判」によってであった。この裁判はお忘れの方も、あるいは全くご存じない方もおられるだろうけれど、日中戦争時に無錫から南京まで進軍する間にどちらが先に百人を斬ることができるかを二人の少尉が競い、それを東京日々新聞が報じたという事件である。この二人は戦後戦犯として処刑された。
この事件がこのままに終わらなかったのは戦後この事件を報じた媒体、著者を二人の遺族が名誉毀損として訴えたからで、事実だったか、でっち上げ事件だったのかを論議することになった。その時の遺族の弁護を担当したのがこの稲田朋美議員である。
まったくの新聞記者によるねつ造だとは認められないという判決が出て原告は敗訴している。
どう考えても日中戦争当時の新聞が「戦意高揚」を意図して百人斬りを得意げに書いたことは容易に想像がつくし、そこに登場していた二人の少尉も得意の絶頂だったであろう事も、そして当時この記事を読んで、うんうんと喜色満面で得たりや応と納得した国民が殆どであったことも、子どもたちはこんな具合に怪しからん中国人を退治する力強い兵隊さんになりたいなぁと思ったであろう事も想像がつく。だから、きっと中身は舞台が中国でもあるから「白髪三千丈」的大げさ表現でこの記事が書かれたことも同じように想像がつく。
昨日の稲田朋美の質問は衆議院TVで見ることができるけれど、時間がかかるのは覚悟して戴きたい。