わが集合住宅のベランダから見ると今を盛りとクレーンが動いている工事現場がいくつか見える。最も著名なのものは例の東京ナンタラツリーで、ついにその偉容は遙かに高さ500mを超え、威風堂々辺りを払うと云えば聞こえは良いが、本当にこんなものが民家の密集した中にずぼっと立って大丈夫なんだろうか、と大いに不安感を与えるのである。
反対側を見てやれば、地上120mになんなんとするという37階建ての高層集合住宅の建築が基礎部分の工事を終えて、鉄筋をどんどん運び込み、コンクリートミキサーががぁがぁと走り回りおおよそ10階部分くらいまで立ち上がってきており、これが全部立ち上がると、今ぐらいの季節の午後になると遙かにお陽様を遮って、さしもの冬でも暖房いらずだったわが家も暖房経費がかかることになるのだろうと今から憂鬱この上ない。
つい先日まで屋根付き駐車場で、週末ともなると次から次に車がやってきては満車状態が続いた敷地も、売り飛ばしたのか、あるいは地主が自分で建築するのか知らないけれど、建屋、コンクリート舗装部分を撤去しだした。これでしばらく工事が続くことになる。
昔だったらなんの邪念もなしで、ただ純粋に、ひたすら工事現場を、座り込んででも見続けていたもので、その動機にはなんのやましいところもない。
しかし、人は長ずるに及んで、鬱陶しいとか、日照権、景観の点で問題があるじゃないか、あるいは交通の妨げだと、いろいろ考えるものだ。
それにしてもこんなにごみごみとほんの少しの隙間もゆるさんぞ、というほどの都会に、すくっとあたりを睥睨する建物を建てるというのはそこに暮らす人間にとっては実に気持ちが良いのだろうけれど、周辺住民にとっては実に気が重いものだ。尤も自分の周辺の方たちもそう思っておいでなんだろうなぁ。