ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

きっかけ

 昨日古本屋で買った「考える人」2006年冬号の「1962年特集」で植木等が喋っている。

 「新しさ」が1962年以後の社会の価値として重んじられるようなった。(中略)でもね、私自身は「新しさ」を重んじるようになった日本が良くなったとは思えないんですよ。ましてや、進歩したなんて気持ちもない。それどころか、日本はあれからだんだん駄目になってきたんじゃないか・・・。

 これと全く同じことを私はバブルのあの時期について云って良いと思う。あの頃、本当に「新しい」「若い」ということが切り札になっていたと思う。古い組織が、古い価値観にしがみついていたら、乗り遅れると思っていたし、そう人にいっていた。で、バブルがはじけて気がついたのは、日本のシステムが壊れていて、それから先はそのまま突っ走ってきてしまっているということだった。だれも、それを止めて、建て直してから仕切り直す、ということに腐心しなくなった。
 政権が交代して仕切り直すことができるんだと思っていた。実はそんなこと、できもしない話だったらしい。
 そのあとが「100万回生きたねこ」の佐野洋子の話なのだけれど、佐野は先月、乳がんで72歳で他界した。私は佐野のことも、そしてその代表作といわれるその本のことも何も知らない。しかし、彼女の1962年も典型的な当時の美大生らしくて面白い。なんだかこの本を読んでいると当時の商業デザイン業界がわかってくる様な気がする。
 古井由吉も登場する。彼は1962年には金沢にいたと書いてある。東大の修士を終えて金沢大学に講師の職を得て月給手取り1.7万円ほどだったとしている。何年後に東京に帰ってきたのか知らないが、私は実は彼の授業を取ったことがある。というより一般教養の授業だったのだから別に私が選んだ訳じゃない。で、なにか彼の小説の話を聴いたような気がする。彼がモデルになっているテレビドラマがあったような気がする。彼の役を演じている役者の話を彼の口から聴いたことがあったけれど、もうそのドラマのタイトルも、その役者の名前も覚えていない。彼が芥川賞を取ったのはその直後のようだ。
 ところで、この本には大貫妙子が連載小説の第一回目を書いている。私は彼女の唄を聴いたこともない。
 連載・考える人はこの雑誌が後に特集号を出す須賀敦子である。1997年に他界したエッセイストのことを坪内祐三が書いている。私は須賀のことも全く知らない。一体私は何を知っているんだろうかね。「考える人」の須賀敦子特集号も新潮社のサイトでは品切れと書かれている。