ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

12月8日

 わざわざタイトルにして貰わなくたって、はてなのダイアリーは表示してくれている、という声が聞こえてきそうだけれど、この日付だけは(何回もいいそうだけれど)何度でも書いておく。
 日本が真珠湾を急襲した、その日であり、中国侵略だけでなく、植民地として他国を蹂躙する大きな壁を越えた日として忘れてはならない日である。
 新宿で保阪正康の話を聞き、その後また立川で保阪の「真珠湾70周年」を聞く予定。

 新宿では史実-因果-評価-継承を日米比較で語られた。その図式をそのまま使って立川で12月8日を語る。
 米国は毎年この日にハワイ真珠湾で式典が執り行われ、大統領が演説をする。パパ・ブッシュはここでの演説で涙を流した。いつまでも「unfairな日本の奇襲の被害者」として語られる。
 一方日本ではいつまで経っても明確な評価がなされずに様々な憶測でものが語られ、今夜のNHK BS歴史館「真珠湾への7日間〜日米開戦・外交官たちの苦闘と誤算〜」でも語られたように憶測から史実を見る逆方向の議論が跋扈する。加藤陽子大先生が例えばといって持ち出してきた、アメリカだってアイスランドに進駐したじゃないか、日本が南インドシナに侵攻してアメリカからいわれる筋合いはないといういい方だってできるというのは、あいつだって時速150kmで走っていったじゃないか、なんで私が同じ速度で走っていたからといって、たまたま警官につかまらなきゃいけないのかといっているのと同じ。
 ハルは理不尽な要求をしてきたからあれが最後通牒だったのだと理解したのは日本の勝手であって、カッとなってそこに対応して事実上外交の断交を宣言しただけで、あれが宣戦布告だというのは日本の勝手。しかもハルに渡ったのは急襲の1時間後であって、野村吉三郎と来栖は急襲を知らずにいた。
 真珠湾攻撃の前後の事情について戦争直後、外務省は岡崎委員会が構成されて岡崎報告書が完成されているはずにもかかわらず、外務省に資料請求すると「該当文書は存在しない」と却下されるという。
 日本の官僚は(刑事裁判に於ける検察側が全証拠を提出しなくても良いというあの制度を思い出すのだけれど)この国の歴史は自分達が作り、自分達がねじ曲げても別段構わないのだと、あまりにも不遜ながら、思っている様だ。
 米国では真珠湾攻撃をされて2千数百人の犠牲者を出し、さっそく調査委員会が組織され、時のハワイの司令官は更迭されている。しかし、その後息子達が運動をして名誉回復が図られている。
 なぜ、「あんな」米国が歴史に対して真摯な制度を維持できるのに、わが国ではそれができなのだろうか。
 それにしても立川は遠い。東京駅まで620円もするんだ、遠いわけだ。

特攻 空母バンカーヒルと二人のカミカゼ―米軍兵士が見た沖縄特攻戦の真実

特攻 空母バンカーヒルと二人のカミカゼ―米軍兵士が見た沖縄特攻戦の真実

 著者マクスウェル・テイラー・ケネディは司法長官で暗殺されたRobert Kennedyの9番目の子どもで1965年生まれ。2009年に米国で出版されたものの日本語翻訳版。2010年7月の出版。米国の空母、バンカー・ヒルを戦闘不能に陥れた2機の零戦特攻を徹底的に取材した力作・・だそうだ。なんと672頁。3,990円。図書館頼みの一冊といって良いだろう。