ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

ロマンといったら馬鹿にされる

 前に書いたように造船所で働いていた。造船所というところは船を造るところだから、当然次から次に船ができる。できた船はどうやって出荷するかというと、自分で動いていく。動くことができるんだから。動かなかったらなんのために造ったのかわからない。
 で、これができた時にみんなでこれを送り出す。僕たちが造っていた船というのが概ね載荷重量2万噸くらいの船だったから、いわゆる外航船という類で、税関がやってきて手続きを完了すると自由に行き来できなくなる。タラップを使って行き来するのでも税関にいって船陸通行許可というものを取って行き来することになる。
 いよいよ出港ということになるとみんなで船上の乗組員との間に何色ものテープを何本もやりとりをする。さんざん揉めながら造り上げた船の連中ともこの日はにこにこ顔でやりとりする。タグボートがやってきて、ムアリング・ロープをとって引っ張ると、造船所の岸壁と船の間にすぅ〜っと海面が覗く。あ、とうとうこの時がやってきた。係りの遠藤さんと川口さんが準備してくれた「蛍の光」のレコードが鳴り始める。この船がここまで来るのに起きた様々なことが思い出される。こんな時の「蛍の光」はなんとも心に沁みるのだ。おセンチそのものじゃないかと笑われようがなんだろうが、心に沁みるのである。この辺りでまず胸つまる第一弾が訪れる。
 あっという間に岸壁と船の間の水面がどんどん拡がっていく。テープがどんどん延びていく。辛うじて繋がっている一本を見付けて、みんなでどんどん繋げて伸ばしていく。とうとうぷっつんと切れてしまう。あぁ〜といいながらみんないい顔をしている。船のプロペラが、ドゥ〜ンという音がして、ばっしゃぁ〜んと廻る。思わず、おぉ〜といった途端に目尻に涙が滲む。悟られまいとしたところで、多分船の船長がボタンを押したんだろう、ながぁ〜く「ぼぉ〜〜〜」と汽笛が鳴る。もう我慢ができないけれど、それでも歯を食いしばって涙をこらえる。良かったなぁ、この仕事をしていて良かったなぁと本当に思える時だ。
 造船所で働いた人たちの多くはこの時を忘れられないでいる。進水式は確かに華やかだけれど、あれは工程の中のホンのひとつのポイントに過ぎない。ところが完成してからの出港は産みの喜びなのだ。それが「船はロマンだ」といってしまう所以なのだ。
 口の悪い人たちにいわせると造船に絡んだ連中はそんなことをいっているから、世の中の変化についていけずにいつまでもそんな分野にしがみついているからいけないんだという。確かに効率からいったら、もう中国の造船業界にかなわない状況に立っているといって間違いはないだろう。だけれども「効率」だけで終わらないものが世の中にはやっぱり存在するらしい。