ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

並ぶ

 私たちの親の代に聞くと(うちの場合はもう既に4人とも他界しているけれど)、戦後は配給のために並んだとか、外食券食堂に並んだとかという話を聞く。いや、うちの親はそんなことを経験していないけれど、そのまた聴きかも知れないし、テレビや映画で見たのかもしれない。
 しかし、私がまだ小学校にも上がらなかった頃の電車は並んでなんかいなかった。駅で人が並ぶようになったのは一体いつからなんだろう。自分は子どもの頃から小さかったから、すばしっこいということになっていて(実は全然違う)、電車が来たら人が降りるか降りないかの瞬間に脱兎(こんな時はどうして兎なのかねぇ)の如く駆け込んで、緑色の別珍のような座席に飛び乗って「とったよ、とったよ、お母さん、とったよ」と叫ぶ、実に憎たらしい行為に及んでいたことを想い出す。それを戒めることのなかったわが両親にも今となっては是としたくない気持ちになるけれど、それが昔の子どもに許されたことだったのだろうか。
 何しろ電車の中で子どもが阿鼻叫喚の如く泣き叫ぶのがごく普通だったという記憶で、今のように電車の中で赤子が泣くと「なに?!」という雰囲気が電車の中に流れたりはしなかった。この辺も大きく変わったんだなぁと思うけれど、それではそれはいつ頃から変わったのかといったら、全く指摘することはできない。
 並ぶという点についていうと、多分1964年のオリンピックがとても大きな影響を与えたのではないかという気がしないでもない。