ほぼ足りてまだ欲 その先

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日本劇場

 1981年に解体された日本劇場は今のマリオンが建っているところにあった。その横には朝日新聞の本社屋があった。その前は汚い川だった。どぶ川といっても良いような水のよどんだ川だった。昔はこんな川がどこにでもあった。横浜は今でもそのまま川としてあるけれど、東京は1964年のオリンピックの時にことごとくこの種の川を埋め立ててしまった。渋谷もそんな川なのか、水路なのか、どぶなのかわからないような流れがあった。それが実に「神田川」雰囲気を醸し出していたものだ。
 そのまま埋めたら水の行き場がなくなるけれど、大径の下水道にしてしまったということだ。だから、数寄屋橋だ、京橋だ、と橋でもないのに橋という文字が付いた地名になって残る結果となった。
 日劇がまだあった頃、私は泰明小学校近くの路地にあるジャズのかかった某バーに入り浸っていた。その頃のその店は出版社、興業関連、メーカー、放送関係といった会社で働く連中が入り浸っていて、その中に東宝の人がいて、一度だけ、彼に連れられて日劇ミュージックホールに入ったことがある。後ろの方にバーがあって、お洒落なレビューそのものだった。後にも先にもあれ一回きりだったけれど、とても気恥ずかしくて長居できなかった。とことん向いていないのだ。しかし、この歳になると、あそこに入ったことがあるといえるというのは得点といえるかも知れない。
 そうして考えると銀座ACBや銀巴里、不二家ミュージックサロンなんてところに何度も出入りしていたということも、この歳としてはやっぱり遊んでおいて良かったかも知れないと思える想い出でもある。残念ながら美松は入った記憶がない。多分入っていないんだろうと思う。池袋では「ドラム」には何度も行ったけれど、北口にあったジャズのライブの店はもう名前すら思い出せない。昼からセッションをやっていたのは一体どういうことだったのだろうか。