ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

目立ちたがり

 生来の目立ちたがりのくせに、直ぐさまそれに気がついて自己嫌悪に落ち込むので、やっかいな「自分の場における適否について」という論文を書こうと思うけれど、その根拠についての検証方法が見あたらない。これが見あたらないと、一時期的に論文査読を通過したとしても後でそこを突かれて記者会見をやらなくてはならないことになると面倒だからやめておこう、なんというくだらないことを、あちこちのチャンネルがライブ中継していた記者会見を見て思ったのである。
 「目立ちたがる」という自分の性格を考えてみるとこれほど他人から理解されがたい性格もないかも知れないが、ひょっとするとこれは性格というよりも、性癖、いや性癖というよりも病気なのかも知れない。自分で押さえようとしてもなかなか押さえがたく、つい、ついそうなってしまうという現象は今では「病的症状」としてラベリングしてしまえばそれで良いのではないかという気にならないとも限らない。
 こういう性癖の持ち主は人前に出る職業が向いていると即断されやすいのかも知れないけれど、これが意外なことにそうとばかりは言い切れない。それはやっぱりその後に多分やってくるであろう「こんな事をやってしまった!」とか「俺は巧くできない」、「受けなかった」、という「自己嫌悪」と「劣等感」にある。これはちょっとやそっとではどうにもならない。芸能人やミュージッシャンにドラッグに溺れるケースが目立つのはそれが理由かも知れない。できなければできないで良いじゃないか、というのは自分の才能がすべてだと思っている人間には理解ができないのだ。
 その代わりとして自分を認識してくれない、つまりある種の才能の持ち主として特別視してくれない人を遠ざける、ということになるのではないだろうか。つまり、自分を普通の友人の一人としてではなくて、一段上の人間として認識する人間を大事にするということではあるけれど、スポンサーとしての人間として認識したくなってくる。
 友達のパーティーに行くのも、自分のスポンサーを見つけに行くことになるのかも知れない。
 人混みに行って「どうして俺だって気がつかないんだろう」という芸能人もいるし、マスクをして知らん顔して歩く芸能人もいるんだけれどね。