ほぼ足りてまだ欲 その先

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ベートーべン第九

 あっちでもこっちでも今の時期の日本ではベートーベンの交響曲第九番が演奏されていて、アマチュア合唱隊が組織されて、何度も練習に参加して大きな会場でみんなでこれを歌う。それをテレビでも中継したりする。日本語の訳詞も何回もされているみたいだけれど、ドイツ語でお歌いになる。それも皆さん暗記しておられる。
 しかし、あの詩の訳を見せていただくと(もちろん私なんぞ独語のかけらもわからない・・・あれ、独語だよね?)、神、星空の上に住む神と出てくるが、それは明らかに旧約聖書で唄われる神、つまり天におられる「主」だろう。
 この歌がこの時期に唄われる、演奏されるきっかけは戦後のごたごたの中で、親しまれている曲を演奏して聴衆を集めようとした、というようなことが語られているけれど、それにしても、この歌詞の中身を見ると非常に宗教的なシラーの原詩であると考えられるのではないのか。
 日本では往々にして、キリスト教的概念が含まれるものをそのまま導入して盲目的に踏襲しようとする。もちろんクリスマスがその最たるものだけれど、そのハマり方が相当に表層的である。それを指摘すると宗教的概念を超えたものとして捉えるべきだというような見解が示される。冗談じゃない。とすると、日本の万世一系だって、その地球上の存在を遙かに超える存在として捉えようとするものであって、宗教観のなんので捉えるべきではないという論理を展開して、おしまいってことにしたら良いと思うのだけれど、そこはそうはならない。そうはならないどころか、「非国民」になってしまうって訳だろう。この辺の許容力といえば聞こえは良いけれど、いい加減さ、曖昧さ、適当さ、そんなのどうでも良いじゃん、というあたりが平均値なんだろう。
 だから余計、この前の記念SUICA騒動が納得がいかないのである。そんなんだったら選挙に行けよ。また、いった。