ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

百回話

 もう随分前から私が話すと「うん、それ聴いたことがある」といわれるようになった。こういうのを百回話というんだそうだ。
 これもそのひとつかも知れない。
 昔、といってもちょっと前だ、銀座の松坂屋の地下にナウい言葉でいうとイートインというらしい、ちょっとした席があってその場で食べられる店が何軒かあった。天麩羅、鮨、とんかつ、鰻の店の横にそれぞれ4-5席食べられる席があった。肉屋に至っては目隠しすらないカウンターがあった。こんなやり方はいったい何時からあったんだろう。鮨、鰻はここで食べたことはないけれど、カツ丼と天丼はここで食うのが一番好きだった。旨かった。それがなくなっちゃってから、その類いを食べる他の決まった店ができないでいる。
 昨日は銀座に出て、さてどうしようと思案投げ首だった。よく知られた店に行ったら良いようなものだけれど、無茶苦茶高かったり、喰い慣れなくてがっかりしたりする。
 交通会館に行ってみたけれど、どこも入ったところばかりだ。INZのどれかの二階に天ぷら屋ができているというのを見て、上がってみた。自販機が置いてあるところを見ると安そうだ。しかし、表にかかっている写真付きメニューを見ると天丼がない。定食だ。
 そうだ!泰明小学校の真ん前に「らんぷ亭」があったな!と思い立つ。あそこに確かヒレカツ丼があったはずだ。店の前まで来たら大規模改装中だ。調べたら7月で閉店したって!どうやらラーメン屋になるらしい。なんちゅう仕打ちだろうか!そういえば客の少ない店だった。それが狙い目だったのにね。
 しょうがない。お陽様が出てきて暑い中、どうしようかと歩き出しながら、そうだ!泰明庵があるじゃないか!ごく普通の蕎麦屋なんだけれど、泰明庵はこの界隈の飲み屋で生計を立てている爺さん婆さんにとっては定番の夕飯どころなのだ。二階は蕎麦屋で呑もうという中高年サラリーマンで平日は一杯になる。店の中にはメニューのビラがビシ〜ッと貼ってあって、来慣れないお客はしばし目を奪われて茫然とする。で、何を頼んで良いかわからなくなる。常連の人たちは、がらっと扉を開けるやいなや発注する。中には「いつもの」だけで通用する客すらいる。ここに来たら必ず同じものを喰っているのか、と思いながらそれを聞いているけれど、自分だって三州屋銀座一丁目店に入ったら海鮮丼しきゃ食べない。
 週末だから空いているだろうと思ったら案の定、テーブルに一人ずつ座っている。小さな椅子だからいくら相席が当然の店だけれど、平日の夜じゃあるまいし、さすがに4人で座る気にはならない。常連さんはちょっと変わったものを頼む人が多い。なんとか蕎麦の蕎麦を少なめでなんとかを増やして、とか勝手に注文するが、もう何十年もいるお姉さんはちゃんとそのまま厨房にそれを通す。その声を聞いてどんなものかを自分の頭の中で想像する。
 昔は魚天丼とか、なんかひねったものを頼んでいたけれど、今日はもうなにも考えずに「天丼!」だけ。ものが来るまでにテーブルの向こうにそんな常連さんの一人と覚しきおじさんが文庫本を片手に座り、こっちに一瞥もくれない。彼の注文は「いつものカシワせいろ」だった。天せいろは聴いたことはあるけれど、こりゃなんだろう?と思った。私の天丼より遥かに速くやってきた彼の注文を見たら、要するに天麩羅の代わりに温かい汁の中に鶏肉が入っているやつに冷たい蕎麦を付けて食べるつけ蕎麦だ。私は実は蕎麦は冷たいものしか食べないが、これを温かい汁につけるという行為がどうしても理解できない。だったら冷たい汁で喰うが良いじゃねぇか。それともカシワ南蛮なんぞで良いんじゃなかろか。
 私のところにやってきた天丼はごま油で上がった黒い奴で、江戸前の天麩羅ってのはこうじゃなくちゃなぁ。白い、ヤケに白いとか、信州の蕎麦屋かき揚げみたいに、妙に黄色いのはどうもちゃんと喰いたくなくなる(とはいえ、あのタマネギの天麩羅は良いよねぇ)のだ。
 立派な海老が一本、何か白身の天麩羅が二枚。私は天丼を食う時にまず獅子唐から食う。今日もそうした。その下に南瓜があった。ホクホクと甘いんだろうなと思ったら、どうやってこんなにそいだのかと思うような薄っぺらい南瓜で、もはやチップスと化していた。当然海老は最後だから、白身を取り上げると明らかにこれは烏賊だ。と、いうことは、下の白身は鱚か?!高まる期待。しかし、残念なことにこれも烏賊だ・・・。
 しかしながら、ご飯にまぶしてある天つゆはまさに江戸前でしょっぱい。やたら甘い天つゆがかかっているのは願い下げにしたい。ところが、最後の立派な海老に取りかかると、天つゆがほとんど絡んでいない。天つゆにくぐらせていないことは明白だ。私は下手をしたら、タボッと天つゆにつけて欲しいくらいなのだ。
 これで1,250円。う〜む、やっぱり三州屋銀座一丁目店の海鮮丼にすれば良かったなぁ。