ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

散歩

(一度しっかり書いたら「アップできません」なんかが出て、そのあと全部消えた。最近の「はてな」は大丈夫なの?上場したんじゃないの?しかも私は有料利用者でござるぞ!)

 先日知り合いのひとりがFacebookで美味しそうなランチをアップされたんでござる。それが実に旨そうだったのだ。いくつもの小鉢が並んでいて、よくまぁ、こんなに食べられるなぁと恐れ入ったのだった。(ご本人の写真をシェアさせて戴きました)。
 よぉ〜し、私もこれを食べに行こうと思った。その人が前にもアップした中に和食ファミレスの「とんでん」があったから多分今回もこれだろうと検索したら、案の定だった。しかし、問題はこの店がうちの近所にはないってことだった。
 一番近い店が東立石と書いてある。往々にしてこういう店は街道筋に建っていて、鉄道の駅からはややある。この店も平和橋通りという街道沿線にある。どうやっていくのかと思ったら、新小岩駅から常磐線綾瀬駅行きのバス。あるいは京成立石駅から徒歩。堀切菖蒲園駅からバス。新小岩の駅は15-6年前に一度健康ランドみたいなところへ行ったことがあるだけ。
 あの総武各駅の駅前っていうのはほとんど区別がつかない。どの駅で降りても、いつか降りたような気がするし、日常的に利用している人にとっては明確に違うんだろうけれど、私にはどこも同じようだ。まるで今の若いお嬢ちゃん集団アイドルグループのどれもこれもみんな同じに見えるのと同じである。違うといったらバスの行き先が違うくらいだろう。
 新小岩の駅前のバス停はよく見ると雨よけの屋根の上に行き先が大書してある。南口ロータリーの4番乗り場から京成バスの綾瀬行きに乗る。1時間に4本くらい走っている。バス停の前がゲームセンターで、そこで少年がず〜っと太鼓のゲームを叩いていて、それがうるさい。しかし、不思議なゲームが流行るもので、画面に合わせてダルダルな日本太鼓もどきを叩くのだけれど、さっきからまるで、本職のドラマーみたいな変なおかずが入ったリズムを叩いている。彼は一体何ものなんだろうか。それに学校はどうしたんだ、彼は不登校生なのかなと思っていたら、多分春休みなんだ。
 そういえば昔のように「補導」をしている大人っていうのは今でもいるんだろうか。大学生になって2年生の頃に早朝にボウリングをして(当時流行ってました)9時半頃に外に出てきたら、おばさん二人に補導され掛かったことを想い出しました。子ども顔だったんでしょうねぇ。このゲームを開発した会社では、どんなプレゼンでこの企画が通ったんですかねぇ、不思議なものがあります。提案した社員の顔を見てみたい。
 こういう時間帯のバス停にありがちですが、お爺さんがベンチに座っていて、隣に鞄が置いてあって、その隣にお婆さんが座っています。で、ベンチの横におばさんが二人立っています。だから、私はその後ろに立ちました。バスが来たら、ベンチに置いてあった鞄は立っていたおばさんのものでした。多分順番を主張していたんだと思います。しかし、ベンチに座っていたお婆さんは乗らないんですよ。この綾瀬駅行きのバスしか来ないんですけれどねぇ。いつもここに人見物に来ておられるんですかねぇ。
 バスは後ろの座席は6割方埋まりましたが、あとから乗ってきたお婆さんたちは座りません。出口近辺に立っています。危ないと思うんだなぁと思っていたら、東上平井で、立っていた人がみんなおりました。ここに一体何があるんだろうか。
 平和橋というバス停があってそれがこの通りの名前になっているんだけれど、どこの川なのかと思ったら、これが中川だってんです。えっ!中川って、金町の亀有川を流れているあの川だ。自分は北上しているつもりだから、この川は東西に流れていることになっちゃう。ここは中川でも一番蛇行して江戸川に向かって行っている部分で、地図を見るとその蛇行が凄いことがよくわかる。多分昔の中川ってのはずっとこんな感じだろう。それを後年流れをまっすぐに直したのだろう。この川はついこの前(といっても年寄りがいうことだから相当前)にも氾濫していたんだからいろいろあるはずだ。
 川端小学校前で降りると、目的地は大きな看板を持って待ち構えていた。しかもその店の真ん前は「銚子丸」という回転寿司の店で、両方とも如何にも街道筋の店らしく下が駐車場で階段を上がって行く。到着したらまさに正午だった。ちょっと出遅れたなぁと思ったら、空いているのは座敷の喫煙だけだというから、椅子の禁煙が空くまで待ちますよと如何にもファミレスの入り口待合所で本を読んで待つ。多分15分くらい待っていたら、空いて、トイレのすぐ近くの4人席を独り占め。ファミレスらしくカラフルな写真入りのメニューが三つ。席に案内してくれた店長らしきお兄さんが桜そばとイワシがお勧めです、っていう。いや、あの知り合いの写真が食べたくてきたんだけれどなぁと思いながらもそのイワシのお勧めをみると、いや、こっちも旨そうなんだよなぁ。どうしよう、どうしようと迷っているうちに、イワシが良いなぁと想い出したんだ。
 それでランチイワシのミニ丼お楽しみ膳にけってぇ〜!飲み物までつくっていう。ホットコーヒーを所望。注文をとってくれたパートと覚しきおばさんの笑顔で、もうワクワクだ。となりは作業服みたいなものを着た(そういう格好の人多し、仕事先でランチという雰囲気の人たち)お爺さんとそれより若いおばさんのカップルで、かなりゆっくりとランチを食べている雰囲気。私のあとから会計に出てきたけれど、おばさんが「自分の分はあとで払う」といっていたから夫婦じゃない。
 トイレにいったりして本を読んでいるうちに10分ほどして(何しろ満員だからね)運ばれてきた。ん・・・。あ、ひとつひとつの器が小さいんだ!イワシカルパッチョイワシの刺身といくらが載ったちらし寿司、イワシの大葉巻天麩羅丼、そしてうどん/そば、温/冷が選べる麺。そして珍しいとろろ昆布の味噌汁。ひとつひとつのイワシのみがとても小さいのです。はっきりいうと、あまりにも小さすぎて、味がわからん。天麩羅は大葉の香りが良い。つうことはやっぱりこれもイワシの味がわからんけんね。一緒に入っていた天麩羅が懐かしい味だ。いったいなんだっけ?え〜っと!あ、舞茸じゃん!まだ舞茸が天然物しかなかった頃、旨かったなぁ。だけれど、養殖されるようになって、もう随分久しく喰ってないなぁ、そういえば。これで全部で1,036円だった。まぁまぁのコストパフォーマンスじゃないだろうか。旨くはないけれど、楽しめた。
 さて、ここからどうやって帰ろうかと思った。堀切菖蒲園の駅まで腹ごなしに歩こう!あとからチェックしてみると、このほぼまっすぐな平和橋通りを2.6kmも歩くことになる。歩き出してすぐに忍橋という交差点の信号が赤で停まった。傍らにあった地図を確認しようと思ってみると、ここに斜めに交差している道を北東に向かって上がって行くと、京成の立石駅に出る。あ、じゃ、そこから高砂に出て金町線に乗って柴又にいこうじゃねぇか、という気になった。
 この斜めの道はかわばたコミュニティー通りといって八重桜の名所だということ、そしてその角が私がこれまでに数回は一緒に痛飲している大学の5-6年下の人の会社だということを友達から聞いてびっくりした!確かに彼の家は立石だとは聞いていたけれど、その家の真ん前を知らないで通り過ぎていただなんて、世の中油断しちゃいけないなぁ。しかも、この道は平和橋通りから南西側にも延びていて、そっちは染井吉野だというのだから、多分ちらほら咲いていたんだろう。こっちの八重桜はまだまだつぼみも堅そうでまさに真冬の様相だ。それにしてももう少し人や車が着ても良さそうだけれど、春まだ浅き八重桜の並木道は歩道を歩かなくても大丈夫なくらいにひととおりがない。まるでどこか地方の町を何かお店を探して彷徨っているみたいだ。駅近くになって奥戸街道に出ると、呑み屋がわらわらと出てきて、なるほど、立石ってところは面白い呑み屋がたくさんあるんだぜという友達の話が頷けそうになってきた。
 この駅は各駅停車しか停まらないけれど、京成の駅の中では結構乗降客が多い駅だという。プラットフォームからみると、駅の近くに踏切が見えて懐かしい光景だ。しかし、それも何年か先には高架にするといっているらしいから、こんな景色も今のうちだけだろう。プラットフォームも狭くて、電車が着いてうわっと人が降りてきたら動けなくなりそうだ。駅はどっちからもまず階段を上がらなくてはならないのだけれど、南側はエレベーターがありそうだけれど、北側はどうなっているんだろう。反対側へ降りてみたかったのだけれど、トイレに行きたくなって、それがまたそのトイレが成田方面行きのホームにしかなくて、仕方なく改札の中に入ってしまった。
 やってきた電車は京浜急行の車両で、だから高砂終点のものだった。電車の中吊り広告は大岡川といって京浜急行の下りが横浜を出ると左側に流れている川の両岸が素晴らしい染井吉野の並木で、その桜祭りの宣伝一色になっていた。その時期は中目黒の目黒川を超える迫力でそれはそれは素晴らしい。しかし、実はその昔、私がまだ幼かった頃の大岡川といったら、それはそれは汚れた川、というよりどぶ川のようなもので、沈んだだるま船やら、舫ってあるだるま船なんかからの油でどんよりした油くさい川だったものだから、私にとっては非常に懐疑的になっていたのだ。けれど、数年前に墓参りに行く時に京浜急行の窓から見て、驚いた。
 高砂から、金町線で一つ乗れば柴又だ。しかし車中の乗り換え案内では、車掌は次の金町線まで20分あるといった。え〜ッそんなにあるんじゃやめちゃおうかなぁと思いながら降りると、改札を出た先の金町線の改札にはあと1-2分で発車するという掲示が出ている。それってんで走る。走るったって爺が走るんだから急ぎ足くらいのもんだろう。ぎりぎりとはいわないがおかげで20分待たずに済んだのだけれど、私の時間からいったら、それが何!?っていうことなんだよな。
 一つ目の柴又で降りると、カメラを抱えた人たちが10数人、他は生活の足として乗っている人たちだ。そりゃ(何度もいうけれど)平日の午後なんである。駅を降りたら、すぐにご存じのように寅さんの銅像が建っている。そうだろうと期待するというか、前回来た時に見ていた。駅から帝釈天にいく門前市はもうあの映画で有名な通りだから、写真にするまでもない。お団子や、鰻屋といったところが軒を連ねているんだけれど、平日の午後だからなのか、シャッターが降りている店も何軒かある。観光客は少ない。何しろ外国人の観光客が来ないんだから少ないわけだ。浅草の浅草寺なんてみているとたくさんいるのはほとんどが外国人だもの。都営地下鉄の浅草の駅なんぞどわ〜っと外国人が降りてくるから日常的に利用している人たちがマイノリティーで端っこをちょこまかと避けながら歩いている。お金を落として戴くというのはそういうことなんだろうなぁ。
 昔のまんまがそのまま残っていて、獅子舞のお神籤とか、引き出しのお神籤とか、ずらっと並んでいる境内にスピーカーからお勤めの声が流れてくる。実に良いのだ。御門をこんなにゆっくり見たことはないけれど、その彫刻が素晴らしい。欧州でカソリックの大聖堂に行くと入り口の上に「最後の審判」を彫刻にしてあるけれど、あたかもあれのような木彫が刻まれている。尤も帝釈堂内殿の外部は東・北・西の全面が装飾彫刻なんだそうで、ここが無知な爺さんのひとり旅の悲しいところで、あとで家に帰ってきてから知った次第。
 草餅も団子もくず餅にも手を出さずに一銭も落とさずに金町からまた一駅金町線に乗って金町の駅に出る。実はこの区間を歩いたことがある。電車ならあっという間の2-3分で着いてしまうが、歩けば20分は掛かるだろう。面白くないのはほとんどまっすぐで、しかも線路の横。そしてもう一方は「金町の浄水場」なんである。その時は学生連中と歩いたので退屈をしなかったけれど、爺さんがひとりで歩くにはつまらない。45-6年ほど昔にはこの辺に住んでいた人の家に遊びにいった覚えがある。あの時は学生服を着ていたことだけを覚えている。なんという人の家にいったのか、とんと想い出せない。認知症か?
 金町は友達が住んでいて、昔はテニスをやりに良く来た。今はどうなっているのか、まったく知らない。その当時はみんなでテニスをやって、そのあと呑み会が楽しかった。その友達のところももう姉妹二人だけの家になってしまっている。
 しかし、金町の駅の周辺は全くの様変わりで、タワーマンションは建っているし、三菱製紙の工場だったところは今や東京理科大のキャンパスになっている。とってもアカデミックな町になっちゃっているじゃないか。それでも駅の下をくぐる自由通路に入ると突然昔に戻るところが何ともいえない。
 常磐線の各駅、つまり千代田線の代々木上原行きに乗る。北千住で降りる。北千住は凄いよねぇ。なにしろ鉄道は常磐線、千代田線、東武線、日比谷線、京成線、つくばエキスプレスとよりどりみどりな上に、ルミネがあってマルイが入っているミルディスがあって、ハンズだ、スタバだ、ユニクロ無印良品だ、United Arrowsみたいなブランドショップはあらかたあるし、成城石井があって、Krispy Kremeもあって、挙げ句の果てにはパンのPAULもまだここには健在。
 その上、東京芸術大や東京未来大、帝京科学大東京電機大がやってきて、昔のごみごみしたただ呑み屋にしか行かなかった北千住とは大違いだものだから、今や住みたい町ランキングで赤丸急上昇中だってんだものねぇ。昔職場の同僚がここに住んでいて、お前なに考えてんだよといった覚えがある。今謝っておきたい。
 本日の散歩:10,203歩。