ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

30年

 1989年2月16日から丁度30年が経過した。毎年この日が来ると、想い出す。インド国籍の貨物船ジャグ・ドゥート号の船体が爆発・火災により全損、12人が死亡、11人が負傷した事件。11時35分に浅野船渠2号ドックに入渠。陸上からの清水供給のために調整をするに際し、フランジの取り外しに火気を使用。C重油タンクの蓋が密閉されていなかった部分からその火花が侵入し、午後3時25分ごろ爆発を起こす。鎮火したのは翌日17日午前3時30分ごろのことである。死亡者のうち作業者は10名、乗組員は2名。作業者10名のうち、下請作業員は9名。
 私がこの火災事故を認識したのは午後4時頃のことかと思う。弁天町の事務所の、良く映らないテレビを見ていた同僚のひとりが、緊急ニュースの空からの画面を見て、浅野だと認識。出来たら手伝いに行って欲しいといわれてタクシーを手配して現場に入ったのは多分午後5時前だったのではないかという気がする。タクシーの中から上空をホバリングするヘリコプターを明るい空の下で認識した。
 後のことはこれまでも何回か、この日が来る度に書いてきた。
 船の構造を何も知らないジャーナリストたちや警察関係者に説明することの難しかったこと、社会部の記者の中には非常に傲慢な態度をとる人がいること、予期できなかった事態に遭遇すると、自己保身に走る人と、身を挺して対処するタイプの人がいるということを思い知ったこと。それは立場が、偉い人か、そうでないかを問わない。
 あれからもう30年も経った。もう想い出す人もほとんどいない。亡くなった人たち、その遺族の方たち、負傷した人たちの気持ちを忘れないでいたいと毎年思う。そぼ降る雨の中、司法解剖のために大学病院へ向かう車列を窓越しに見送った2月17日が忘れられない。傘もなく、そぼ降る雨の中を駅へ向かって歩いたこともいつまでも忘れられない。