ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

やや、危なかった

 土曜日は半世紀前に働いていた職場のリユニオンだった。当時の上司の人はもう米寿で、大分身体的にもコントロールが利かなくなりつつあるようだけれど、まだまだ元気。元気じゃないのは私の方で、気管支にやや危ない雰囲気を感じて、欠席した。10人近くが集まったようだけれど、多分もうこのメンバーが集まることはあり得ないだろう。
 当時は正にオイルショックで、それまで飛ぶ鳥を落とす勢いだったわが業界もついに、大減速を強いられることになり、現場の従業員で新しく雇用した人たちは可哀想に櫛の歯が欠けるように減っていった。ベテラン連中も、集団で他の産業へ貸し出される羽目になったりしていた。いくらなんでも慣れ親しんだ現場から、まるで誰もが新入りのような現場に行かされたんだから、気の毒も絵に描いたようだった。
 そのややしばらくあと、といっても10数年もあとになってバブルがやってくるのだけれど、この産業だけは全く関係がなくて、どんどん縮小を迫られた。なんでも良いから新しい仕事を探せ、考えろ、真似しろといわれ、給料は下げられた。名目上はテンポラリーに給与をカットする、ということになっていたけれど、あれは、いたいんだったら給料下がっても文句言うな、だった。
 つまり当時の職場で先に仕事をしていたメンバーはまだ好景気の頃を知っていた。そこからはまさに臥薪嘗胆の人生だったと云って良い。定年まで、雇用が保障されていると思ってみんな就職していた時代だ。それがどうなるかわからない、という時代になったわけで、あれよあれよという間の大転落だった。
 何しろそれまでがのんびりしすぎていたんだろうなぁ。それでも大がかりな産業はそうでもなかったら成り立たせることはできなかったんだろう。いつ職場を失うかわからない状態であったら、誰もその職場を如何に良くしようか、効率化しようかと考える意欲なんて湧かないものな。それは当然だろう。
 当時、米国の装置産業的な業界では、うまく動く生産設備ができて、それが軌道に乗ったら、すぐさまそれを売り払って、投資効果を手にするというのが常識だった。だから、効率化のために設備投資をするのであれば、今のうちにうってしまえだったようだ。ところが日本はウェットだから、忠義を尽くして従業員自らが効率化に寄与していた。偉いなぁ、当時の日本の労働者。終身雇用といっても良いくらいだったんだからなぁ。のんびりした時代は確かに、面白かったということか。
 今じゃ労働者の4割が非正規労働者だといわれているというじゃないか。もう企業なんてどうでも良いやと思うよなぁ。