ほぼ足りてまだ欲 その先

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五島勉

  この名前を聞いても、何も思い出さない人もいるかもしれないけれど、五島勉が6月16日、90歳で死去したと週刊文春が報じていたそうだ。彼は何冊も本を書いていて、その中でももっとも知られているのは「ノストラダムスの大予言」だろう。祥伝社から1973年に出版されたものだけれど、今でもkindle版で買うことができる。何しろ大予言シリーズだけでも10冊も出しているというんだから驚きだ。で、結局、何も起きなかったわけ。2年前に週刊文春はインタビューをしていたそうだ。彼は東北大法学部を卒業してから1958年から創刊されたばかりの「女性自身」のライターをしていたそうだ。
 なんと五島の祖母はニコライ大主教直々のロシア正教の信者だったのだという。だからこういう発想にたどり着くのか。このインタビューの中で映画の「大予言」はノストラダムスの映画なのか、丹波哲郎の映画なのか、わからなくなったと言っているのが面白い。「思想とか考えについて肯定的にとらえてくれたのは水木さんだけ」だとも発言しているのが面白い。水木しげるは「ノストラダムス大予言」という作品を残している。
「初めに全滅するんだと書いておいて最後になって人類が考え直して逆転して、部分的な破滅で済むんだと、それに向かって努力しなければならないと書いた」のに誰もそこのところを読まなかったと苦言を呈している。世の中はそうしたものなんだよね。その方がセンセーショナルで人の目を引くのだ。オウムに関連して言われることがあるけれど、それは「精神科のお医者さんでノストラダムスの解釈書を書いた人がいた」んで、それをオウムが引きずった。それを言われるのが一番嫌だ、という。「終末を思え、終末の先を切り開け、道は開かれる」これが彼がこのインタビューで残した言葉。
 五島勉という名前は私は20年ほど前にはじめて聞いて、あぁ、あの「ノストラダムス」はこの人だったかと判明したという逆ルートだった。なんで彼の名前を知ったかというと、彼は1969年に「東京ローズ残酷物語」という本をノーベル書房という出版社から出している。それを1973年に「東京ローズの戦慄」と改題して光潮社から再出版している。たった4年の間に改題して出版し直した理由はなんだろうか。私はこれを名古屋の古本屋から買った。さすがに元トップ屋、ルポライターだけあって、書き方は芝居がかった匂いに満ちている。なんで私が東京ローズ関連本を入手したのかといえば、ドウス昌代の「東京ローズ」を読んだのがきっかけだった。彼女に関して日本語の本を書いたのはこの二人の他には上坂冬子くらいだろう。
 実は米国では彼女のことはしばしば取り上げられ、今でも語られているが、日本では彼女の死後、一冊も何も書かれたものを見つけられていない。