ほぼ足りてまだ欲 その先

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武道

 今はどうなっているのか知らないけれど、私が高校生だった1960年代前半の東京都立高校では、授業に武道を取り入れる、ということになっていたらしく、剣道だと道具に金がかかるので、必然的に柔道着と畳敷きの体育館があれば事足りる柔道が採用されていた。柔道の授業がある日は、鞄を持つ手に柔道着を差し込んでいく。今時そんな格好して歩いていたら、耳目を集めてしまうが、別段なんちゅうこともなく、そうして通った。
 50歳前後の堀内という柔道の教師は非常に慎重に授業を進める人で、最初に練習する受け身の稽古からもう口うるさく、慎重に事を進めた。同級生の船橋君はもともとあんまり運動神経が発達していなかったのか、受け身をとるにも、どうもぎくしゃくしていて、みんなのように、右手の先から転がり始めて、背中をつけながら前方回転をしながら、左手を畳にたたきつけて、バンッ!と音をさせて衝撃を和らげるということができなかった。何回か、彼が転がるのを見た堀内先生は「君はやらんで良し!」ということにした。すると、船橋君は憤懣やるかたない。どうしてなんだ!と。かれにしてみれば、練習しなくて出来るようになるわけがない!というわけだ。
 何しろ船橋君は泳げないから、だからこそ泳ぎを克服するために水泳部に入部した、というくらいのものなのだ。困ったのは水泳部だ。通常だったら泳ぎが得意だから水泳部に入って、記録を伸ばしたいという動機で入ってくる。彼をもてあました水泳部の先輩はプールに竹竿を持ち込む。彼にどんな泳ぎでも良いからプールの横幅15mを泳げ、という。彼が必死をこいて対岸へたどり着くと、先輩がその竹竿の先で彼をつついて、岸に上げない。するとしょうがないから彼は必死をこいて元へ戻っていく。すると都合30mを泳ぐ。しかし、彼は水を飲んだりして必死だ。上がってきて、先輩に「殺してやる!」と叫んだという噂だ。その頃は結構乱暴なもので、私は、小学3年生の時に、某先生にプールへ投げ入れられて、必死をこいて息継ぎを覚えたくらいだ。

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 で、柔道だけれど、私のクラスには柔道部の須藤君がいた。実家がガラス屋だというのはここにはなんの関係もないが、彼は柔道の授業では何かにつけて堀内先生の助手を勤めることになる。堀内先生が彼を投げられ役にして、他の生徒に技を教える。支え釣り込み足くらいはまだ良いのだけれど、背負い投げや、一本背負いといった技になると、まず「いち!」で相手の胸ぐらや右手をひき、「にっ!」で腰を相手に寄せる、「さんっ!」で膝を伸ばして相手を跳ね上げる。堀内先生の号令で、ひとつずつ停まりながらコマ落としのようにしていき、「さんっ!」でなげるのだけれど、そこで堀内先生の大きな声が飛ぶ!「まだ投げるな!俺が良いというまで投げるな!それはそれは辺り一帯に大緊張が走るほどの大声だった!そういう時は往々にしてお調子者がいる。そいつらが「どぉ〜ん!」と投げてしまう。さぁ〜大変だ、堀内先生、大怒りだ!みんなビックリだ。なんで、怒られるんだ?
 実は、堀内先生は前任校で、柔道の授業で頭から落ちた生とを死なせてしまったことがあったのだという噂だった。
 投げる時に引き手を引き上げずにそのままドォ〜ンと投げてしまうと、そんなことになりかねない。オリンピック級の人たちだったら、そんなのは問題にならないのかも知れないけれど、昨日今日柔道着を着たばかりのおふざけ年齢連中が知るわけも会得しているわけもない。「さんっ!」という緊張感に満ちた声を今でも忘れられない。船橋君や、彼と良く一緒にいた黒崎君たちはどうしているんだろう。黒崎君については、これまたひとつ思い出すことがあるんだけれど、それはいつかまたの機会にする。
 じつは「1983年度から現在まで、中学校・高校の学校内における柔道事故によって、121人もの尊い命が奪われてきた。そんな重大事故が起きているのは日本だけだ。」という記事を東洋経済が書いている。柔道人口が日本の4倍になるフランスでも、重大事故は一件も報告されていないというのだ。どういうことだろう。指導者の指導方法が画期的に変わっていないと指摘されている。他国ではいちから安全を意識して指導法が考えられてきたけれど、本家本元の指導体制は、それほど大きく変わっていないと。実は競技人口も大きく減少しているんだという。連盟の意識改革が必要だ。堀内先生の経験が生きていない。