ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

胡椒挽き


 WBCのラーズ・ヌートバーが持ち込んだペッパーミルゼスチャーは大旋風を巻き起こした感がある。
面白いことを考えるもんで、なるほど!と納得したというか、どこかでこれをやるチャンスがないかとすら思ってしまう。
 ところが高野連はこれをやった東北高校の選手に「慎むように!」と「指導」したそうだ。
なんでだ?という声に「従来からパフォーマンスやジェスチャーは慎むように指導している!」と答えたそうだ。
あの開会式のほぼ神宮外苑雨の中の学徒出陣式さながらのブラバン奏でるところの行進曲に「ほちょ〜とれ!」の号令の下みたいな行進がいつまでもお気に召すらしい。多分見ている人達もあれを見て、晴れがましい、若者らしい、と思っていることだろう。
 私も昔はこうした行進が当然だと思っていたし、運動会でも、毎週月曜日朝の朝礼でも教室へ帰るのに流れるマーチに合わせてザッザッと行進したものだったし、行進することになんの疑問もないどころか、むしろ「格好いいかも!」と思っていた節さえある。しかし、今から考えると、あれもこれもみんな戦争前から強制されていた軍事教練の一環みたいな残滓そのもので、不思議なことにナチスの腕斜め前方揚げ敬礼のように、みんなで揃ってやると、なにか高揚感みたいなものに包まれる。洗脳そのもののプロセスをものの見事に表してくれる。

 教育とは強制的同一化である、ということを文部省も、学校の先生も、そして自分自身もその「教育」に染まってきた。だから、高野連の方針になんの違和感もなかった。高校生は真面目にただただひたすら前に向かって前進するのみ、だった。ところが実態はそうではない。もうとっくにそうではない。それでなくても、野球が強い高校の野球部員が必ずしも清廉潔白真面目一方、あらゆる高校生の鏡となっているというのかといったら全くそうでない。そんなのは大谷翔平くらいのものだろう。たぶん多くの人達が知っているじゃないか。その実態を。
 つまり、高野連がいっている高校野球は教育の一環たり得てないのだよ。もうさすがに気がつこう。野球の専門学校なんて異常だと思わないのか。いつまでも野球にしがみついて歳を重ねるのは幻想に過ぎないのだよ。
 ペッパーミルだって、今シーズン限りの、いや、今WBCの間の流行りに過ぎない。次はひょっとしてソルト・ミルかも。

 それにしてもこの期に及んでのWBC準決勝の組み合わせ変更は流石に汚いやり方だ。MLBは恥を知れ!
それんしても、初回に日本のホームランで4点をとったプエルト・リコがメキシコを圧倒して準決勝に出てくるんだと思ったら、なんとそれっきりで、メキシコが逆転して勝った。そしてヴェネズエラに負けていた米国が8回の表に満塁ホームランで逆転して勝った。これでベスト4が出揃った。米国チームが負けていたら、準決勝も決勝も盛り下がってザマァミロだったけどね。日本はメキシコと準決勝。