ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

立ち話

いつもの谷中コースを歩くと、次から次に見たことがない花を発見する。といってもこれまで見ていても気がついていないだけなんだろうね。
谷中のヒマラヤスギ(もう切り株しきゃ残っちゃねぇけれど)へ行く角を曲がろうとすると、こんな花が咲いてんです。これまで気が付かなかった。
するとこの家の前を片付けていた、頭を紫色にした爺さんが「そりゃムベってんだよ」と教えてくれた。初めて聞いた。
すると爺さんが「うちのオヤジが、昔樺太工業って会社をやっていてね、西洋紙の表面にコーティングするのをこの木からとったらしいんだよ。そういう畑があったんだけれど、家にも持ってきて植えたんだなぁ。だからうちのオヤジはロシアが大嫌いだったよ」と問わず語りにいうんだね。
へぇ、と思ったんだけれど、その「樺太工業」なるものは調べてみたら、それはもう大事業をやっていた会社だったてぇんですよ。
渋沢栄一の甥にあたる大川平三郎王子製紙を振り出しに、いくつもの製紙会社に加わって、1911年(明治44)に樺太の伐採権を取得。1914年に樺太工業設立。
その後、戦時体制の産業大統合に向かっていったのだろうかしらん。
この大川平三郎の孫のひとりがかつて競馬で知られた大川慶次郎に他ならない。鶴見線に残っている駅名の「大川」も大川平三郎の名前から来ている。「安善」は安田善次郎、「浅野」が浅野総一郎の名前から来ているのはよく知られている。
 しかし、こちらのお宅の表札を見ると、大川ではないし、お話くださった方の年格好から見ても、その「おやじ」なる人は平三郎であるわけもない。さて、どなたならん?
しかし、西洋紙の製法の中で、「ムベ」について解説してくれるサイトはネット上でまだ見つからない。