ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

ユリイカ平成28年10月号

 青土社で思い出したんだけれど、ユリイカ2016年10月号が永六輔の特集だった。
永六輔が死んだのはこの年の7月7日だった。
彼は元浅草の最尊寺の生まれだった。
寿徳山最尊寺は、浄土真宗だけれど、派からは離れたんだと書いてある。
かつてこのあたりは永住町といった。
永六輔の墓はここにあるというのは知らなかった。今度見に行こう。

この中で永六輔が「話の特集」と関わった頃のことを、編集長だった(一昨年の暮に白血病で89歳で死んでしまった)矢崎泰久が書いている。
上を向いて歩こう」が空前のヒットをしたのは1961年。
中村八大とのコンビで次々にヒットを飛ばす。
ところが1964年のオリンピックの年に、中村八大は突然ニューヨークへいってしまう。
永六輔は一年間大阪に行ったんだという。これは私は知らなかった。なんでだろう。
話の特集」の創刊は1965年12月だという。
(1967年には邱永漢の出資となった。ここは記憶にあるからこの頃には私はもう読んでいたことになる。)
矢崎は永六輔の所属事務所に原稿依頼をしたら、一枚(400字詰め)5000円だといって断られたから、執筆陣から外したという。
するとある日突然永六輔が現れて、「仕事をさせて」といった。
翌日原稿を持ってまた来た。
返品の山だったことを知ると「販売拡張する」といって毎日事務所に来ては販促に出かけたというのだ。
第8号から永六輔の原稿が載ったそうだ。それから30年間廃刊になるまで、永六輔の原稿が載ったそうだ、というか、読んでいた。
永六輔の「無名人語録」は今読んでもとても面白いよ。