
10月1日は東京都民の日だったはずだよね。
テレビやラジオでは全く触れられないんだけれど、それはなんでだろう。
ま、全国の話ではないからだろうね。
制定されたのは1952年だという。
私は中学二年生になって東京の公立学校に横浜から越境入学することになって、初めて知った。
当時は清水崑のかっぱのバッジを学校で買ったような気がする。
それをつけていれば、都電もただ、動物園もただだといっていた。
毎年毎年、清水崑の違うデザインのかっぱのバッジが出るので、それをまるでオリンピックのピンバッジのように学帽の周りにつけていた。
自分が住んでいたのは東京都じゃないから、あんまりピンとこなかったけれど、都心に住んでいたら、かなり恩恵はあったんだろう。
本当だったら、今日からまた旅行へ出る予定だった。
諸般の事情により、延期となってしまった。

それにしても自民党は無茶苦茶だ。石破茂は総裁選挙前にいっていたことを次から次にひっくり返している。
それでも全然平気で蛙の面になんとかだ。
国会でれいわの大石あきこがプレートを掲げてこんなことでよいのか、能登半島はこっから先一ヶ月放置なのか、補正予算を組まなくてよいのかとデモをした。どうせまた「常識ヅラ」した連中がれいわをくさすに違いない。
驚いたことに戦時中に日本赤十字社から女性の看護師だけで、3.3万人余を戦場に送り出していたそうだ。その他から従軍した看護婦については明確な数字がないというのもひどい話で、殉職者も日赤出身者が1,080人だという数字しか残っていない。いくら負け戦だったとしても、国の体をなしていない。しかも1944年には派遣者の最低年齢は16歳にまで引き下げられていたという。そういえば少年兵といわれた人たちもそのくらいの年齢だったかと思う。そして戦地で彼らも兵隊と同じ様に逃げ惑い、飢えに苦しめられた。
(「証言・私の昭和史 5」より)