
多分今の状態を「老後」というんだろう。ということはどこかから前は「老前」、つまり老いる前だったのだろう。
老いてしまうというのはどういう事をいうのかわからないんだけれど、確実に以前に比べたら、体は衰えてきていて、二の腕はすっかりたるみ、干からびたような皮が被っているし、寝起きは、「よっこいしょ」といいながら周りのなにかにつかまって立ち上がるようになってきている。
しかし、これはいつから始まったんだろう。多分そうでなかったときが「老前」だったのだろう。
小学校1年生の冬だったかに、母親の実家の曾祖母さんが死んでその葬式にいった覚えがある。その曾祖母さんの名前も知らないけれど、享年88歳と聞いたことは覚えている。腰の曲がった杖をついている怖い顔をしたお婆さんだった。多分当時彼女は私がどこの子どもなのかはわかっていなかったんじゃないかと思う。横浜から岡山まで寝台列車の(多分瀬戸)の寝台に母親と二人して寝た記憶がある。おふくろはさぞかし寝にくかったんだろう。あの曾祖母さんの「老前」は想像がつかない。
永六輔と遠藤やす子が聴取者(近頃はリスナーというらしい)から送られてきた葉書を読む番組が、ラジオ東京で1967年1月2日から2013年9月27日まで放送されていた。当初はがき代は7円だったので、「七円の唄 だれかとどこかで」といっていた。1967年1月というと、私はまさに大学受験背水の陣だったわけで、余裕を持って聞いていたわけではないし、記憶にない。しかし、いつだったかもう全く思い出せないけれど、この番組か、「土曜ワイドラジオTOKYO」だったかにはがきを書いたことがあって、ちゃんと永六輔のはがきが返ってきて、驚いた。あの人は本当に返事をガンガン書いていた。だから私は永六輔のサインを知っている。
ところで私は朝日出版社が朝日新聞と関係がないことを知らなかった。今回オウナー経営者が死去したことによってその相続問題から相続者が会社を売り飛ばし、全経営者を全員解任し、労組と対立することが明らかになって、知ったくらいだ。
