
突然思い出したんだけれど、英語の発音で初めて気がついたのは多分中学3年生の時から通い始めた塾でのことだ。ある時、なんでそんなんことになったのか、全く覚えていないんだけれど、大下繁喜先生が突然、私に「No」をいってみろといった。普通に「ノー」といったら違うという。何度「ノー」といっても違うと。「ノウ」といって初めて「そうだ!」といわれた。中途半端な日本語発音をするな、ちゃんと発音記号の通りに発音しろということだった。それから務めてそう発音するようになった。
日本人は恥ずかしがってそれを適当に誤魔化す。だからいつまで経ってもスッキリ通じるようにならない。「いいんだよ、発音なんて」という風潮がある。でもそれは間違っている。日本ネイティブな人だって、外国人が変な日本語喋っていたら気持ち悪い。
灼熱の東京に戻ってきた。新幹線の切符を買ったら9号車しか指定席が買えなかった。この9号車が曲者で、「TRAIN DESK」といって車内で仕事・勉強等をする客優先の普通車指定席だという。パソコンを取り出してパシャパシャやろうと、携帯電話に向かってぺちゃくちゃ喋ろうと、しまいにZOOMやってたってお構いない。現実に私の隣の兄ちゃんは電話で連絡していた。ただ、そうはいっても日本の公共交通機関はどうしたって基本的に静かだから、ものすごく目立つ結果とはなるだろう。周りに聞かれるのはちょっとなんである。
欧州だとこれが全く逆で、日頃から公共交通機関の中でパシャパシャのペチャクチャだから「Quiet Car」ってのが存在する。喋んな、ってことになっている。それでも実際は図々しい連中が喋ってくるので、いちいち睨んでやるが、奴らはどこ吹く風である。
結論、日本人は従順。とにかく大声だして権力握ったやつの勝ちで、すぐさまそれのケツに飛び乗ろうとする連中が現れる。こんどのJICA騒動がいい例だ。JICAが一体全体何をやっているか、俯瞰なんてしてみたことなんてこれっぽっちもない。無知蒙昧の集合に過ぎない。そのまま役所の前なんかにいって拡声器で大声だして見せ、報道が写真を撮るもんだから、まるで自分が時代の寵児になったかのような気分に浸る。権力を批判し、権力と戦ってみろ。安倍晋三を罵倒してみろ!そうなったら少しくらいは聞いてやる。