ほぼ足りてまだ欲 その先

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国立演芸場 志ん丸

 お知り合いにお誘いいただいて国立へ。11月上席は新真打ち五人のお披露目で、今日は古今亭志ん朝門下、志ん橋の弟子の志ん太改め志ん丸の真打ち昇進&襲名披露。城西大学の出身だそうで演芸場前の幟、後ろ幕が城西大学落語研究会からのもの。志ん丸という名前は三代目になるそうで先代は明治の頃で、なんと100年以上前の人だそうだ。襲名口上には志ん輔、八朝、志ん駒そして志ん橋がならぶ。生きていたらそこへ志ん朝がいただろうと思うと開いてしまった穴は大きい。
 志ん丸は埼玉県深谷の出身。(そうそう志ん駒が川口だといったら、なんと桂紫文が「私は高崎だ」という。高崎線に乗ってどこへ行こうてんだろうか)。36歳というのはやっぱり若い。若いんだからいろいろ試していかなきゃならないんだろうなぁ。まだまだ先は長い。「火焔太鼓」をたっぷりと。頑張っているのはわかるんだけれど、一本調子。じゃ、どうすれば良いんだといわれると困るが、張り上げ調子を一回落としてみると良いんだけれどねぇ。上手い師匠の噺を聞いているとその辺がわかるんだけれど、志ん輔あたりが出稽古を受けてくれないのだろうか。お年寄りの中には前で寝ている人だっていたというのはその辺の問題だと思う。最後の三百両を数える下りを際だたせるにはとっつきで張り上げていたんじゃこっちだって疲れちゃう。ダイナミックスってことを覚えた方が良いんじゃないのかとこの噺を聴いただけで思ってしまった。昨年の柳朝(彼は日大)の時も感じたんだけれど、今の若手の芸は実にお行儀が良い。
 志ん輔を随分久しぶりに聞いた。野ざらしのさわりだったけれど、さすがに朝太のころからの手練れものだから気持ちがよい。彼ももう55歳である。なんだか一層老けたような気がする。桂紫文の芸を若者が喜ぶのはわかるような気がするんだけれど、お年寄りがやんわりとざわめくのには驚いた。そうか、受けるんだなと。志ん駒は相変わらずの海上自衛隊ネタ、志ん生ネタである。