ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

ゾディアック

 WOWOWは今朝も「ゾディアック」の映画を放送した。NHKは来週、7月14日(火) 午後11:45~午前0:45(60分)に「ダークサイドミステリー「やあ諸君、私は連続殺人鬼だ ゾディアック事件」の再放送をする。

前代未聞!連続殺人鬼テレビ生出演?気づけばあなたも舞台の上!?マスコミへの挑戦状で市民を巻き込む「劇場型犯罪」の究極、アメリカの「ゾディアック事件」。多くのミステリー作品のモデルになった伝説的事件だ。最初は目立たない殺人だったが、新聞社に送った謎の暗号文に市民が反応。そのやりとりの果てに子どもを狙う無差別殺人が予告され、街は大パニックに。いったいなぜ?あなたを巻き込む劇場型犯罪の恐怖を徹底分析!

 なんだかゾディアック事件が私に近づいてきている。どういうことなんだ・・・?

信用する価値がない

  • 「新たなモニタリング項目に、都民に警戒を呼びかける基準となる数値は設けない」
  • 「だんだんニュアンスがわかってまいりました。」「どういう風にわかった?」このやりとりだけで、もう女帝が女帝である所以がよくわかりました。この人、端々に本音が出ちゃいます。

ひとりぼっち

寂しかっただろうなぁ
ひもじかっただろうなぁ
不安だっただろうなぁ
動けなくなったんだろうなぁ
最後に見ていたのはなんだったんだろう

三歳の子が放りぱなしだったって、
考えただけでも、哀れで、哀れで

お母さん、お母さんと叫んだろうなぁ
泣いただろうなぁ
心細かっただろうなぁ

誰かに託してくれればよかったのに
でも、その誰かが思いつかなかったんだろうなぁ
逃げ出したかったんだろうなぁ
今まで誰にも助けてもらったことがなかったんだろうなぁ

男(たち)は何をしていたんだろう

避難所

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 九州はここのところ、まるで何か悪いことでもしたかのように、次から次に災害が襲っている。川が氾濫するということは水が溢れるということではなくて、泥が襲ってくるということなんだと、まざまざと見せつける。これが雪だったら溶けて何も無かったの如くだろうに、泥だけはいつまでも残り、乾いたらこれが埃になってもっと悪いことになる。
 暮らしの拠点がなくなるのだから、これはしょうがないからどこか乾いたところへ避難するしかない。それは当たり前のようにどこかの学校の体育館だ。こうなったら、体育館の設計にあたっては、必ず避難所としての機能を果たすことができる装備をしていなくてはならないという決め事にしなくてはならない。然るにほとんど、そんなことを気にしてなんていない。そして、そういうところにブルーシートだけで避難生活を送ることが当たり前のようになっていて、誰も気にしてこなかった。プライバシーが保てない所の話ではなくて、襲われる人だって出ていると多くの災害の時に聞くことがある。人非人だ。
 かつて、私たちの国の経済がどんどん右肩上がりで金を集めていた頃、工事の現場では、何もかも不便な環境で仕事をするのが当たり前になっていた。今から考えたらそれで経費を軽くして、他の国の競争相手に勝ってきたのだ。それはいまだに続いていて、狭い部屋にしか暮らせない生活が当たり前のまんまだ。
 しかし、それは全くの話、多くの現場従事者の犠牲の上に成り立っていた経済だったわけだ。我慢するのが当たり前で、それはそういう立場にいるんだから、「しょうがなかった」。負け組だからしょうがなかった。勝ち組はそんなところにいないで、悠々とふんぞりかえって、ペットを撫でながら紅茶を嗜んでいた。
 そんな時でも「当たり前だと思っちゃダメなんだよ、現場だから我慢するのが当たり前じゃないんだよ!」といってくれた先輩がいた。志村さんのことは忘れられない。より良い条件の中で暮らそうと提案してくれていた。
 避難した先ではこれまでの延長線上で暮らせるような、設備を当たり前にして行かなくてはならない。それには金がかかる。金をかけて当たり前だ。なんで電通にそんなに入れあげなくてはならないのか。
 誠意のない政治をなんで選ぶんだろうか。自分は必ず勝ち組に入って儲かるんだと思っているのか。

3年

 永六輔が他界してから今日で丸3年だそうだ。あっという間の3年だ。もうあまり思い出さなくなっちまった。あんなにしつこく私の暮らしにあちこちで引っ掛かったのにね。ただ、ラジオを聞くだけ、テレビを見るだけ、本を買うだけ、紀伊國屋の舞台で見るだけだったけれど、いやぁ、よく絡んでいたよねぇ。
 多分最初はラジオ関東の「昨日の続き」だろうけれど、いったい、いつから聞いていたのか、はっきりしたことは覚えていない。ウィッキペディアに聞いてみると、1959年7月6日から1971年3月まで放送していたというんだけれど、まさか1959年にラジオを聞いたとは思えない。多分1964−5年のことだろう。しかし、この番組も永六輔はやっぱり喧嘩して下りたといわれているから、彼が出演していた頃に聞いていたかどうか、甚だ疑問。テレビでいったらやっぱり「夢であいましょう」だったんだろうか。あれにはいくらでも出ていたからなぁ。ラジオでいったら桃屋提供の「誰かとどこかで」はずっと聞いていた。あの人は葉書を送ってきた人には返事を書いていたから、うちにも彼の自筆のサインペンの署名の入った葉書が来たことがある。
 1996年か1997年かにたまたま年末に東京へ帰ってきたことがあって、新宿南口の紀伊國屋サザンシアターでうまい具合に永六輔三波春夫の舞台を見ました。まさか三波春夫永六輔がそんなつながりができているとは知らなかったので、本当に驚いた記憶があります。もうその時は三波春夫も闘病中だったそうですが、それは後で知りました。
 日本に帰ってきてからは、毎年のように、紀伊國屋ホールへ参りましたねぇ。面白い年末の行事でした。
 七夕が命日だなんて、派手なことをやるねぇ。


♪ 明日咲くつぼみに / 三波春夫

落語

 iPodに入っている圓生百席をためつすがめつしていたら、「松葉屋瀬川」があった。あれ?多分聞いたことがないぞ、と聞き始めた。ある大店の若旦那が日頃から本ばかり読んでいると、親が心配して、在にある家から江戸の店に出される。しかし、それでも本ばかり読んでいると、番頭が心配をして、連れ出す。あちこち歩いて、吉原へ来るんだけれど、「番頭さん!あぁたは私に何をさせようてんです!お暇を出しますよ!」と怒る。番頭は一計を案じ、医者を目指したこともあるけれど、遊びに入れ込んで、家を勘当になって幇間になった男を先生として近づける。そしてその幇間がじわじわと若旦那を誘導。とうとう吉原の松葉屋で瀬川花魁と遭遇する。どうもこの辺りまでは、「明烏」じゃないかと思うような噺。入れ込んだ挙句に今度はこの若旦那が半年になんと800両という金を注ぎ込んで勘当ということになる。こっから先があれよあれよ。世の中そんなにうまい具合に展開してたまるか、という噺。聞いたことあったかな。

NHK都民1万人アンケート

『小池知事の資質』

持ち合わせている
発信力 82%
リーダーシップ 72%
決断力 68%
行政知識 65%
人当たりのよさ 64%
国との交渉力 64%
変化への柔軟性 63%

持ち合わせていない
弱者への共感 62%
将来像を描く力 54%
行動の一貫性 52%
主張の一貫性 52%
都民目線 50%
信頼出来る人物 46%
誠実さ 46%