ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

今日も思いつきだ

高校生のくせに学生服のまま学校の帰りに銀巴里で丸山明宏とか、深緑夏代、仲代達矢の弟とかの唄を聴いたなんて、今の自分からは想像がつかいないな。あの頃はACBだけじゃなくて、不二家ミュージックサロンなんかにもいったんだよ。
今じゃ不思議じゃないけれど、あの当時は普通じゃなかったんだろうな。女子校だったら指導されちゃうぜ。うちのつれあいは高校生の時に渋谷の西村パーラーに入っていたら、学校の先生が偶然入ってきて、翌日親が学校に呼ばれたっていってたよ。そんな時代だもの。
ドラムセットを買うんだといったら、親父にビンタ食らったんだよ。「こいつはいつからこんな不良になってしまったんだ!」と。不良だったんだね、そういうのは。考えられないわけだよね。あの時代には。僕の友達の孫はドラムを叩いているぜ、小学生の癖に。こういう時代になった。

4travelという「価格.com」がやっている旅行絡みのサイトがあって、自分の旅行の記録をそこへ写真を入れてアップすると、読んだ人がコメントつけてくれたり、「良いね」を押してくれるって寸法さ。Q&Aにアップされた質問にも知っていることがあれば回答したりする。そこで、New Yorkへいった人の旅行記をピックアップして読んでみた。するとその大半が女性が書いているモノで、半分ほどの人はひとり旅行で、なんとテレビドラマのロケ地巡りなんであるよ。それも初めての人ももちろんいるけれど、リピーターがなんにもいるんだね。「ゴシップ・ガール」のことは「GG」と書いてあり、「セックス・アンド・ザ・シティー」のことは「SATC」と書いてある。ドラマは見たことはないけれど、おかげで、どんなところで撮影をしていたのかがだいたいわかる。ローワー・マンハッタンを歩いていると、「この期間は映画の撮影があるので、この区間に車を止めないで下さい」というNYCの役所のビラが貼ってあったりする。そういえば映画を見ると結構ニュー・ヨークは出てくるよね。


 その日、二日前に降った雪で、下はぐちゃぐちゃで、赤穂浪士たちは舟を使い、本所の吉良亭に討ち入った。下はぐちゃぐちゃだったから滑って転びそうだったらしい。だから、三波春夫の「サク、サク、サクサクサク」っていう具合じゃない。しかも、高輪へ向かう道も、大通りを避けていったから、下はもっとぐちゃぐちゃだったそうだ。泥だらけだろ。

仏教・・・から思いついたことを

 本当の意味で仏教徒として生きている人の数は日本ではとても限られている。都会ではまず少ない。でも葬式のほとんどは仏教徒として行われてきた。葬式仏教といわれている。

 一方、クリスマスになると一億総キリスト教徒国になってしまう。クリスマス・キリスト教徒と呼ばれている。
 それでいて、年が明けると、全員が神道信者になってしまう。正月神道と呼ばれている。

 その他の時は「無宗教だ」という。

 これは「無宗教」とはいわない。カメレオン教徒。
 


全然関係ないけれど、週刊文春のスタンスってどっちに向かっているのか良くわからんが、安倍晋三の軍門に降っていないことだけは確かなの?そこだけは面白いんだよなぁ。


 そういえばうちのおふくろは子どもたちを前にして良く唄っていたっけなぁ。🎶かぁらたぁちのはながさいたよぉ〜、とか、♩花咲花散る宵も 銀座の柳の下でぇ、なんて。だから姉も私も人前で唄ったりするようになったんだろうなぁ。ひょっとすると彼女が女子師範に進学したのは歌や芝居ができるからだったんじゃないか?「海彦山彦」の芝居をやったんだといって写真を大事にしていたなぁ。そこへいくと、親父の歌はひどかった。

 私の百回話なんだけれど、同じ運転手さんのタクシーに三回乗ったことがある。運転手さんが「お客さん、三回目ですよ!」といわれた時には本当に驚いた。
 タクシーといえば、豪州ではひとりでタクシーに乗る時は通常助手席に乗る習慣だった。その話をタクシーに乗っている時に友人としていたら、運転手さんが、「外人さんの女性のひとり客を乗せたら助手席に乗り込んできたので焦りました」といっていた。

忘年会

 アメリカ滞在50年の知人が日本に帰国した。ところが彼は既に米国籍になっていたから、今や外国人でなんと外国人登録証を持っている。今は在留カードと呼ばれている。なんで呼称を変えたのか良く知らない。半世紀ほど前にやっていた仕事で多くの外国人の世話をしたことがあって、当時はいちいち本人を連れて役所にいって、お爺さん嘱託の人が手書きで作る登録証をおしいただいて帰ってきた。
 外国へ移民した日本人の中にはやっぱり最後は日本で死にたいといって、帰ってくる人が昔から一定数いる。彼らはみな、すぐに日本国籍に復帰できずに苦労してきた。誰もかれらに手をさしのべることがないので、事態はそれほど変わっちゃいない。戦争が始まる時に何万人といた帰米二世の時代からあまり変わっちゃいない。

 夜になったら寒くなるぞと天気予報に脅かされていたから、ダウンを着て出かけたんだけれど、酔っ払って夜中歩いてくる時は、それはそれは寒かった。西風が北風になって、落ち葉がつむじ風に舞っていた。

 久しぶりにかかりつけの医者に行った。薬が払底したからだ。出して貰っているのは、コレステロールの薬、ビタミンD、緩下剤の三種類。二ヶ月前に風邪を引いていった時に出して貰った薬を続けなくて良いのか、といわれたのでそれは要らないと断った。二ヶ月ほど血圧が高い傾向にあり、なぜだろうかと尋ねると「加齢」じゃないかと云われる。そうか、もう72歳だからねというと、いや「まだ」だけどね、という。降圧剤を試すか?というから試さないという。血糖値を見るために採血をして貰った。看護師が何時頃朝飯をとったかというので「5時半」といったら、二人で驚いておった。聴診器を当てている時に背中のかき傷を見られ、尿素系ではない保湿剤がいるか?といわれたので、これは試す気になって出して貰った。薬局での支払いの時に財布の中に一万円札がたった一枚だった。あれ?二枚あったはずではなかったか。どこで使ったんだろう・・・。

逆転

 昔は良く途上国の人たちから「お前の国に行って働くにはどうすれば良いんだ?」と尋ねられたもんだった。彼らから見たら日本はどんどん発展して、景気がウハウハで、どうにかしていったら良い稼ぎになるんだろうなと思われていた。多分マスコミもそう報じていたんだろう。しかし、正規に日本に来て何らかの労働に従事するのは容易じゃないし、日本のイミグレ(入管)は開かれてないから無理だよ、と説明していた。ところがそのうちにあちこちで外国人が働いているのを見るようになった。特にバブルの頃にドッと増えたという印象だった。

 当時、晴海から幕張に移りつつあった各種展示会のようなイベントの設営や撤去の現場に行くと、そんなところにも日本語がすぐには通じない外国人が働いているのに遭遇して、ここまで来たのかと思った。しかし、公式には熟練を要する職種に限るとしてあったわけだから、彼らは明らかに不法就労だ。それでも背に腹は代えられないと、現場では誰もそれを問題視なんてしていなかった。今から考えてみたら、発注元から、不法就労労働者はまずいぞと云われてもしょうがない。

 当時、日本政府は「そうだ、各地にいる日系人なら入ってきてどんな職種についても良いことにしよう」ということにした。それで南米各地から、そして日本人が遊びに行ったり、仕事で滞在して現地の女性を相手に子どもを作って放りっぱなしにしてきた東南アジアから日系の人たちが働きに来るようになった。現地では日系であるかどうかを日本政府に確認を求める代理店までできた。そういう連中の中には本当に日系だと判明しても、証明できなかったと本人には通知し、その権利を高く他の人間に売り飛ばす奴まで出現して問題化した。つまり、日系人が利権になった。

 ところがバブルがはじけたら、そういう人たちが邪魔になった。で、何をしたのかといったら、南米系の日系人たちに帰国費用を出すから帰れ、もう来るなとした。いわゆる労働市場需要のバッファーとして使い倒したわけだ。日系人だって故郷に一財産持ち帰れたんだから良かったじゃないか、ということになるのだけれど、問題は一緒にいったり来たりした子どもたちだ。これは本当にいつの時代でも問題になる。日系アメリカ人社会でも、帰米日系人が戦争に際して様々に振り回されてきた。

 その一方、外国人研修生制度が5省の管轄として外郭団体をつくって、責任の所在を曖昧にして発足した。最初は従事して良い業種を制限していたけれど、派遣社員の業種制限と同じように、竹中平蔵小泉純一郎コンビがどんどん形骸化していて、ほぼ全面的にその制限を解除して、人材派遣業というピンハネ業種を産み出した。日本固有の制度が外国人研修制度と人材派遣業だ。この二つで日本の産業のかなりな部分が低賃金で廻るような仕組みになっている。
 かくして、外国からの労働者が羨む環境ではなくなりつつある。研修制度が短期間の本来的な「研修」を装っている頃はまだ被害が少ない、とはいっても労働搾取は日常茶飯事だった。今やこの制度は名ばかりの「研修」「実習」になっていて、とことん低賃金半奴隷労働制度になっている。
 日本人労働者にとっても、今や4割強の労働者が「非正規労働者」となっていて、まさに経営者にとってはとても美味しい労働者雇用環境になっている。今や年収500万円の労働者は恵まれた方だ。こうなると当然国内市場はどんどん縮小していく。すると物価は下がっていく。

 今や日本は労働者が魅力を感じるエリアではなくて、安くて安全な観光地となりつつある。「日本が素晴らしい!」から来るんじゃなくて、安くて、エキゾチックな雰囲気を味わえるからやってくる地域になった。外国人の金持ちがセカンド・ハウスを持つ地域になったのだ。バブルの頃に日本人の成金がハワイに別荘を買ったことを想い出す。私の周りにも、数人でハワイに別荘を持っていた連中が現実にいた。


 来日する外国人がうなぎ登りに増えていることを喜んでいる人たちもいるけれど、それがなにを意味するのか考えても良いんじゃないか。つまり、日本は東南アジア各国と同じ状況になったということだ。しばらくブラブラしても大丈夫な程度に安くなった。それでいて、腹を壊すわけでもないし、犯罪に巻き込まれるわけでもない。

 うちの近所の格安弁当屋は24時間営業だし、ドン・キホーテはもう一軒できるという話だし、バックパッカースはニョキニョキ開業している。

このままでは

 もちろんわが国もこんなリーダーではまずいことはいうまでもないことだけれど、アメリカはひどすぎる。あんな奴になんで任せているのか不思議でしょうがない。ま、わが国の阿呆はあれの相似形だけれど。何しろこれまでの友好国を相手に喧嘩の売り放題で、そうすることが、アメリカにとって良いことなんだと彼は思っているんだから、どうしようもない。そのアメリカに金ぴかのゴルフクラブを持ってはせ参じたのがこの国のあれなんだから、情けなさも度を超している。口をつく言葉はなんの中身もないものばかりで、演説を自分で書けないだけじゃなくて、それすら読めないんだから、なんでこんな奴にえらそうにされなきゃならんのか。あっきれはてるも良いところだけれど、アメリカ国民も、日本国民もなんにもしないところを見ると、みんなこれで満足しているということなんだろう。どうかしてるぜ。

「反社会勢力の定義は困難」と閣議決定したと今朝聞いた。バカだ。