ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

このままでは

 もちろんわが国もこんなリーダーではまずいことはいうまでもないことだけれど、アメリカはひどすぎる。あんな奴になんで任せているのか不思議でしょうがない。ま、わが国の阿呆はあれの相似形だけれど。何しろこれまでの友好国を相手に喧嘩の売り放題で、そうすることが、アメリカにとって良いことなんだと彼は思っているんだから、どうしようもない。そのアメリカに金ぴかのゴルフクラブを持ってはせ参じたのがこの国のあれなんだから、情けなさも度を超している。口をつく言葉はなんの中身もないものばかりで、演説を自分で書けないだけじゃなくて、それすら読めないんだから、なんでこんな奴にえらそうにされなきゃならんのか。あっきれはてるも良いところだけれど、アメリカ国民も、日本国民もなんにもしないところを見ると、みんなこれで満足しているということなんだろう。どうかしてるぜ。

素晴らしい国

 フィンランドの新しい首相はなんと34歳の女性なんだそうですねぇ。いや、前々から北欧の4カ国は確かに物価は高いんだけれど、それだけ様々な社会的制度が充実していて、暮らしている人たちの意識の高さに感嘆していたんですが、今度のこのニュースには度肝を抜かれてしまいましたよねぇ。それでも、もう34歳にもなると、世の中のほとんどのことはわかっていてもおかしくないわけですから、驚くことの方がおかしいのかも知れませんよね。
 とことん、状況が違いすぎることに驚きの念は隠せないけれど、隠す必要もありませんね。70歳も80歳も超えても、まだ低次元な倫理観に基づいた政治を放りっぱなしにしているよりはなんぼか「前向き」ですね。

つらい準備

 明日の検査の準備で今日は朝から病院から渡されたものを食べ、水をい〜っぱい飲まなくてはならないそうだ。つらい一日の始まり。
 与えられたレトルトを温めて食べるごとに水を500ml以上呑みなさいと書かれている。日頃から水分摂取量が少ないといわれているので、呑むのもつらいけれど、お腹がぱんぱんになって昼寝もできかねる。

CANON

f:id:nsw2072:20191209033534j:plain:w360:left キャノンが全く新しいコンセプトのカメラを出しました。ウェアラブルカメラ「iNSPiC REC」といっています。instant(インスタント)・picture(ピクチャー)・inspiration(インスピレーション)を絡めた造語だと。
 ファインダーも、液晶モニターパネルもついていません。横の枠であたかも指でフレームするようにしてシャッターを押すんだといっています。で、この枠がカラビナみたいに開くので、それでストラップなんかに絡めておくといってます。カメラを持ったことがない世代にアピールするってことらしい。だから価格も1,5万円ほどなんだけどさ、この世代ってみんなスマホで写真撮っているでしょ?だったら今更こんな単機能のカメラを買う?
 スマホは「取り出す」という一手間があるけど、これだったらカラビナ上にストラップに止めて、それを外すだけだ、というんだよねぇ。「外す」というワンステップがあることは同じだね。新たにかまえる、という行為に手間があるのであって、ここをスキップするんだったら、眼に同期するカメラを開発しないとダメだと思うんだよね。

村八分

 言葉として聞くと、これは相当に怖ろしい。陰湿だ。周囲が孤立させて干し上げてしまい、いたたまれなくなる。しかし、この「八分」ってのはなんだ?十分干すんじゃないのか?鶴見俊輔が書いているのを読んでビックリした。残りの「二分」というのは、田んぼの水利からは外さないということ、そして、そして葬式の時は手伝うことだというのだ。だから、欧州の魔女裁判とは大きく異なるんだというのだ。
 そしてイギリスには選挙に負けた時に「われわれは少数派だ、だけれども大きな少数派なんだ」という意識があるという。多数派になったからといってなんでもやれる、と云うわけじゃないんだという。
 今のこの国では、選挙に勝ったら、何でもかんでもやりたい放題だ、数の論理だ、多数派が「これで良いんだ」といったらなんでも、ルールを度外視しても良いんだという風潮は実に幼稚な考え方であって、人智をないがしろにした考え方なんだというわけだ。
 多分、今の自民党公明党(維新は取るに足らないが)はこんなことを思ったことすらない。

 明治革命になって、徳川幕府に代わって、明治政府ができた。しかし、薩長土肥の明治政府を構築した連中はみな、各藩の下級武士だった。だから、政府を運営するノウハウも才覚もないから、しょうがない幕府を固めていた連中を抱えるしかやりようがなかった。と昨日お話を伺った寛永寺の大僧正が仰っていた。
 しかし、幕藩体制というのは、社会そのものが小さかったわけだから、頼りになる人間がすぐさまわかったけれど、明治になって社会がドッと拡がったら、それがわからなくなった。それが問題だったんだと柳田国男がアジア太平洋戦争に負けてから中野重治に語って共鳴を受けたと、これもまた、鶴見俊輔がいっている。

 そういえば、今日は「太平洋上において戦闘状態にいれり」となったその日で、あれから78年になった。