ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

フェスタ

公民館のフェスタ。
今年初参加。
昨年はまだできたばかりのグループだったので、怖じ気づいて出なかったのだけれど、今年はメンバー増強を図って有志7名で参加してみた。それでも、メンバー増強はあまり望むべくはなさそうな雰囲気だったなぁ。
全部の片付けが終わってから、やれやれと家に帰り、さぁ、そろそろ夕飯にしようかとしているところへ電話。でると、よった雰囲気の知り合いから。旦那の誕生日でカラオケに来ているから、遊びに来いと。夕飯を諦めて、駆けつける。向こうは昼から呑んでいたんだそうで、慌てて追いつく。慌ただしい一日。

そのあと

 戦争が終わってしばらくして、軍の高級将校だった人がインタビューに答えて「でも、あんなに国民は喜び、賛美していたじゃないか、私が悪いわけじゃない。」
 安倍晋三内閣が倒れてしばらく経って、いわく「しかし、あんなに内閣支持率は高かったじゃないですか、国民が支持していたからやっただけです」となるんだろうなぁ。

新築

 ホテルオークラが新築したそうだ。ホテルは赤坂プリンスといい、再新築はオリンピック前準備か。オークラにはなぜか昔良く行った。姉の結婚披露宴も自分の結婚披露宴も、そして友人の結婚披露宴もあそこだった。なぜか流行った。逆に帝国ホテルは長姉の結婚披露宴以降あまりない。義弟の結婚披露宴くらいだろうか。そうしたパーティーの他にはお客の送り迎えだった。だから、当時のそうしたホテルの構造には結構詳しかった時期がある。友人の披露宴で、黒装束に黒蝶タイで廊下に立っていたら、構造を尋ねてきたお客さんに丁寧にご説明ができたくらいだった。
 先日噺家のパーティーで帝国ホテルにかなり久しぶりに行ったけれど、あそこはそれほど変わっていないので、迷うことがなかった。今度オークラに行ったら、多分迷うんだろう。
 勤務先の社長が交代した時のパーティーをオークラでやったことがあった。大変な数のお客様をお招きして披露するんだけれど、受付に列ができる。すると、あそこの有名なドアマンが弊社の秘書たちを差し置いて、著名な企業のお偉いさんを勝手に優先入場させるので苦言を呈したことがある。あのドアマンは自分が表に立ちたがった時点で既にホテルマンとして失格だった。なにか、勘違いをしていた。

だ・か・らぁ

福島県内からの自主避難者は2017年3月末で1万2千世帯(約1万6千人)いた。国と県は同月末に家賃補助の打ち切りを始め、県は現在、国家公務員宿舎に住み続ける世帯に損害金の請求や、明け渡しを求めた訴訟の準備をしている。
 田中和徳復興相(70)は会見で、国の対応を問われ、「担当ではない役所があんまり明確に申し上げることは差し控えたい」と答えた。直後に秘書官からメモを渡された後、「訴訟では」と補足したが、県が避難中の県民を提訴するという事態の解決に復興庁が乗り出す考えは示さなかった。すべての自主避難問題についても「復興庁は財政、人材面で福島県の活動を支援している。福島県で責任をもって対応することになっている」と述べた。〔朝日新聞編集委員・大月規義 2019年9月13日20時00分)

 あくまでも主体は福島県だというのであれば、復興大臣なんて要らないじゃないか。屋上屋に過ぎない。IT担当大臣なんてのも要らない。どうせわかりゃしないんだから。

思い出話

 もう数十年前の話。ロンドン支店に出張のついでによったら、お金持ちのお坊ちゃま先輩が彼のBMWで送ってくれた。ふと見ると、グローブボックスに透明の袋にボルトが入って貼ってある。これ、なんですか?とお伺いしたら、車の点検に出したら、このボルトが余った、というんだ。とりあえず動くからこうして持ってきた。もし万が一支障があったらすぐもってこい、というんだよ、という。日本の修理工場だったらどうしただろう。絶対にそんなことは起こさないのか、もしくは黙って、そのボルトを捨てるだろう。今はもう捨てているかもね。

リフォーム

 斜め下の家がリフォームをしている。ご近所に実家のある方が住んでおられたのだけれど、ご実家が下が店舗、上がマンションという形で新築したので、お引っ越しされたのだろう。このアパートももう築16年を迎え、さすがにそろそろ大規模修繕をしないとまずい状況になってきたのかも知れない。普通のマンションは築10年を目途に大規模修繕をするようだけれど、ここでは若い人たちが中心になっている修繕委員会があって、彼らがコンサルタントと相談しながら、限界まで耐えている。そうすると、どんどん修繕積立金が貯まってくる。だいたい、この種のマンションでは二回目の大規模修繕に結構金がかかる。だから、できるだけ一回目を引き延ばしている。来年、もしくは再来年に実行するかも知れない。外壁はタイルなので、あまり傷んでいないように見える。怖いのは浮き上がっていないか、という点だろう。

イベント準備

f:id:nsw2072:20190915012535j:plain:w360:left 明日は、月に二回使わせてもらっている社会教育館で、年に一度のフェスタなるものが開かれる。要するに構成された自主運営サークルの発表会である。とにかくそれぞれの会の構成員がほとんど婆さん連中で、爺さんがほんのわずかだから、準備会といってもそれはそれはかしましい。結局爺さんは私を含めてふたりしかいなかった。ものを運ぶ、という仕事は必ず回ってくる。頼られるのは良いけれど、いくつになってもこりゃ大変だ。お馴染みの薄紙で作った花がゴチャマンとあって、風船もたくさん膨らませて、部屋を飾る。私なんかはそんなの適当で良いよ、と思うけれど、女性方の感受性はすごい。ものすごく緻密に、物事を荒立てずに、やり直し、やり直し、満足いくものを仕上げる。その粘りの強さには驚愕だ。
 その準備にかかろうとする前に「第九を歌う会」の練習がはねたら、女性の部の練習だったらしくて、こっちは活きの良い脂ののりきった年代の女性が颯爽と出てきて、目を見張った。みんな「第九を歌ってんのよ!」という雰囲気で歩きさった。若いって、良いねぇ。

 台風が通り過ぎたらあっという間に秋が来ちゃった。房総半島は今や台風の被害で大停電。それなのに、県知事も総理大臣も人ごとのようで、いつまで経っても解決しない。ひどいなぁ。東京電力は甘い観測で、それほどたいした時間はかからない風なことをいっていたから、余計に住民のストレスは高まる。あの会社はどこででも、甘い観測を飛ばしては住民を騙す。福島第一原子力発電所事件となんらかわらん。そういう体質なのか。


エンジンの 暖かさがもう 気持ちよい 〔あ、心地よいが良かったかなぁ)
風鈴の かすかになる 虫の声

涼しい

 昨日の夜、ゴロゴロと雷が来たから東に動いていったあと、北東方向から涼しい風が吹き始め、今朝方はタオルケットでは寒くて目が覚めた。それで起き出し、朝ご飯を食べたらまた眠くなってゴロッとなったら、なんと午後2時まで寝てしまった。涼しいとよく眠れてしまうことが良くわかる。

嘘つき

萩生田光一氏が会見で、加計(かけ)学園の獣医学部新設について問われ、「働きかけをしたことはない」と改めて否定した。自らの関与を示唆するものとして疑われている文書については「私の名前を使って省内の調整を図った人たちがいたのだろう、と当時の(文科)副大臣たちから報告を受けた」と、疑惑を追及されていた当時の国会では言及しなかった説明を新たにした。(宮崎亮、矢島大輔)朝日新聞社 2019/09/12 05:00

 わかりますね。大嘘つきが大嘘つきを集めたという内閣でございます。もうやめようよ、こんなくだらない連中にやらせるの。本当にこの国は終わっちまう。年寄りは先がないから良いけれど、若い人たちが本当に気の毒で、黙っていられない。

残るか

 こんなところに日記を書き出して、もうそろそろ15年になりそうなんだけれど、これって、いつの日にか全部無に帰してしまうわけだろう。記録として残すにはどうすれば良いのかなぁ。全ページを印刷して、どこかに保存?
MyBooks.jpというサイトが「どんなブログも製本しますよ」というサービスをやっているそうだ。やっぱり気がついて商売にする人がいるもんですなぁ。

スマホ

 iPhone 11が出ちゃいましたねぇ。グリーンがあるんですよねぇ。初めてのスマホ、今月中に決断かなぁ、やっぱり。その反対に、おかげでアップルのサイトにはiPhone7がなくなっちゃいました。今残っているのは8ですが、安くても5-6万円。これ、どこか小さなところでクレジットで買えば、10月にポイントになるとか、いう人もいるんだよね。どうして良いのか、わからんよ。
 昼間アップルショップにちょっと行ってみたんだけれど、店員さんは外国人にばかり対応していて、爺さんには近寄りもしないね。「これ幸い」だけれど、勝手が良くわからん。そもそも今のiPhoneにはイヤフォンジャックもなければ、画面上にホームボタンもないんだ。爺さんは置いて行かれちゃうんだよね。

f:id:nsw2072:20190912000659j:plain:w360:left 本日の経路 都バス→錦糸町半蔵門線〕→清澄白河大江戸線)→築地市場、〔都バス〕→銀座四丁目、宝町〔浅草線〕→浅草、〔都バス〕→自宅 経費165円。
 ところで、都営交通が10月からIC払いを値上げするという。現金払いはこれまで通り。ここが良くわからない。増税に伴う値上げなんだったらなんで現金払いがあがらないのか。これで、現金払いとIC払いの差額がつまってくる。どういう意図なんだろう。

 夜になっても雷が鳴っている。千葉の停電は全く復旧していない。

あれから18年

 もちろんNYCのツインタワーが崩壊した、同時多発とされる事件。どうしても政府見解のままに受け取ることができないままだ。そもそもなんであのツインタワーもさることながら、廻りのビルまで自己崩壊していったのかがどうしても理解ができないからだ。3千人も死んだんだから、詳しく納得ができる説明をして貰いたいとずっと思っているんだけれど、全然納得ができない。航空機が突っ込むと、あんなことになるんだろうか、から始まって。
 あの時は大学院がまだ夏休みで、論文のための資料読み込みに集中するために一人合宿〔一人じゃ合宿じゃない〕をしていた。小屋が猿に囲まれたのはあの時だっただろうか。

習慣化

 どうも夕飯を食うと眠くなってしまって、概ね21時くらいから午前0時くらいにかけて寝てしまう傾向にあり、これではいかんなぁと呟いたら、それが習慣化しているんだから良いんじゃないか、という説もある。こういうのを良い習慣とはいわずに悪い習慣、と云うのではないだろうか。しょうもない議論に時間を費やす老夫婦となりつつある。

f:id:nsw2072:20190912202436j:plain:w360:left ひょんなことからマーク・トウェインの名前を久しぶりに聴いた。というのは随分前に録画したテレビ番組がミズーリー州のハンニバルに触れていて、この街に「マーク・トウェイン少年時代の家と博物館があって、2012年に100周年を迎え、全米50州、世界60か国からの訪問者を迎えたくらいで、町は観光業から大きな恩恵を受けている」とウィッキペディアにも書かれている。マーク・トウェインといえば、もちろん「トム・ソーヤ」であり、「ハックル・ベリフィン」である。一度は両方とも読んだはずで、子ども心に良いぞと思った・・・はずだ。良く覚えていないが。で、私にとってマーク・トウェインはそれでおしまい、完結だった。ところがアマゾンなんかでヒットしてみると、なんと全作品の訳書は全部で26冊のコレクションになって出ているほど、彼が書いているんだというんだね。そんなの全然知らなかったというか、小説を読まない私だから知らなかったと云うことだろうか。そして、彼は自伝も書いているのだけれど、自分が死んでから100年の間は出版しちゃならないと言い置いて死んだンだそうだ。それで2010年に「Autobiography of Mark Twain」が三分冊で出版された。なんと一冊ほぼ800ページ近い大著である。日本では訳書が柏書房からやはり三分冊で出版されているんだけれど、一冊1,000ページもあって、18,000円もして、三冊で54,000円だ。とても入手できない。原著は20-30-40ドルくらいなのに、余程手間暇がかかっていたのか、多分売れないと読んだのかも知れない。Amazon U.S.A.で見るとそれぞれaudibleにもkindleにもなっている。kindle版がhardcoverのそれぞれ倍くらいの値段がするのが想像を超えている。もともと、この自伝はどうやら口述筆記だったようだから、audibleで聴くのも良いかも知れない。
 ところがもう既に絶版になっているちくま文庫に「マーク.トウェイン自伝上下二巻」というのがある。これは1989年12月の出版で、Amazon日本のレビューに小谷野敦が「これはものすごく面白い。講演の時にどんなことが起こるかとか、『トム・ソーヤー』の背景とか、実に面白いのである。しかも翻訳がうまい。」と書いている。思わず「日本の古本屋」で探して買ってしまった。それにしてもどうして、この辺の自伝がうちの区の図書館にはないのだろうか。マーク・トウェインときたら、もはや文豪として扱うべきじゃないのか?あ、というか、日本人はどうせ自伝なんてのはろくなもんじゃないと思っているからなのだろうか。確かに日本の書店には「自伝もの」の分類がほとんどない。たまに書かれた「自伝」ものがあっても芸能人とか、死んだ政治家の鼻持ちならない提灯自伝だったりするからだろう。白洲次郎ものなんか見てご覧、鼻持ちならないも良いところだ。出版社が造った人気といっても良いだろう。

追記

 角川が出したMark Twainの文庫本が全部kindle版となって売りに出ている。これは面白そうだ。特にアダムとイブの日記を読んでみたい。

 夕方、あまりにも暑いので、外へ出ないからと、プールに歩きにいった。お婆さんたちは横に拡がって歩き、お爺さんは他人を無視して歩く。半時間歩いただけで、プールから上がる時に失われた浮力が重力をよみがえらせる。

台風15号

f:id:nsw2072:20190910014929j:plain:w360:left 午前3時過ぎに、雨風激しく、北東側の窓ガラスにたたきつけていた。眠れない。多分3時半頃には台風は真上にいたんじゃないだろうか。今まで聞いたことがない音がする。なにか、風であおられているんじゃないか。

無知蒙昧

 海上自衛隊があの稚拙なラッパと共に上げ下げしている旭日旗が旧大日本帝国海軍の歴史をそのまま引き継いでいるのではないと主張なんかしたって、底が知れております。
 私はそれまで、戦前、戦中使われていたシステム、事象を戦後は大きな反省と共に、この国は刷新されたのだと思っていたのですが、忘れもしない、1972年に、海上自衛隊の艦船が修理のために係船されていたものを初めて見て驚いたのです。夕刻、その小さな船の船尾に掲げてある旭日旗にそれまで気がついていなかったのですが、そこへ水兵が出てきて、ラッパを口に当て、なるんだかならないんだかわからない、ヘタックソな旋律を吹きながら、その旭日旗をおろす様を呆れた気持ちで見ていました。いくらなんでも、あの旗をあのままにして、しかも、あのラッパの旋律までもそのまま継承して儀式を行っているとは夢にも思わなかったのです。旧大日本帝国海軍海上自衛隊は違うんだと思っていたのですが、そんなはずがなかったのです。自衛隊の始まりは警察予備隊だったといわれております。要するに、日本の軍隊を壊滅させたんだけれど、朝鮮戦争が勃発して、それどころじゃなくなった連合軍を補完する組織を復活させ、そのために、一度追放した旧軍人を大量に解除して海上自衛隊という名前の帝国海軍としたのでございます。
 あの旗を先頭に立てて、侵略をしたのは事実でございます。それを知りながら、オリンピックの会場で、それを使って応援することに何が文句があるのか、というのは盗っ人猛々しいというものでございます。なんの知性も感じることなぞできゃしません。恥を知らなくてはならないのはそういう感性でございます。この国の政府はもうとっくに、旧大日本帝国になろうとしています。バカです。