ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

干支

 先日、たまぁに顔を出すバーで、初めて出逢った壮年の二人連れと二三言葉を交わすうちに、男性の方が「昨年還暦ですが」という。ということは干支は猪ですね?とおたずねするとそうだと。私も同じ干支です、とお伝えするとその年代の方によくお目にかかる、という。そりゃそうでしょ、何しろあんなにたくさんいっぺんに生まれたんだから、といいながら、やれやれ、この歳になっても絶対数が多いんだなぁと。この歳の出生人数は2,678,792人。2018年の出生数はわずかに918,397人。既に三分の一。昨年末くらいでこの270万人弱はどれほどの数になっているんだろう。統計局の数字は70-75歳人口としてしか出してないんだろうか。
 私の周りを見ていると、少なくとももう既に10-15%は他界しているんじゃないだろうか。

みかた

 ま、実際の話、他の国が日本をどう見ているのかというと、多分ろくな風には見ていないだろうことは容易に想像がつく。だいたい、欧州の各国民からしたら、日本なんてどこにあるのかほとんどの人は関心がないし、たぶん、日本人も朝鮮半島にいる人たちも、台湾に住んでいる人たちも、みんな中国と一緒だと思っているし、そもそもそれぞれの区別なんてついていない。尤も、日本人だって、その目にはアラブ人は全部一緒に見えるし、見た感じではユダヤ人と区別はつかない。ゲルマンだろうと、フランス人だろうと、ポーランドだろうと、ベラルーシだろうと、ハンガリアンだろうと区別はつかない。しかもあんなに細かく国境線が引かれていたんじゃ、どこが誰の国かなんて、ほとんど知らないし、興味がない。
 それなのに「世界が認める日本の技術」なんて具合のテレビ番組が溢れているのが不思議でしょうがない。世界の誰が認めたんだって?ここの技術はもはやアートの如くの技術なのはよぉ〜くわかるし、私が見ていても「こりゃ凄いな、商品と云うよりも作品だよな、高いのは当たり前だ!」とわかる。わかるけれど、そんなの「世界が認めた」のかよ。そもそもその「世界」って誰だよ、って話だ。そんな冠要らないよ。限界なく時間をかけ、限界なく訓練をし、限界なく極めた・・・それで良いじゃん。
 でも、そうやって煽ることで数字がとれるってことなんだろうな。まるで自分のことのように誇らしく思う人がいるってことなんだろうな。

イメージ

f:id:nsw2072:20200118021202j:plain:w360:left 多分漱石のどれかだったと思うんだけれど、夕暮れ時に、家に帰ってくる勤め人の姿を描いている。そこにはトタンの傘で覆われた裸電球の外套が、電信柱から突き出て、それほど明るくないが小さな光の場を照らし出している。彼がガラガラと開けた玄関の戸は、多分こんな家のものだったんだろうと想像していた。今時そのまま残っているのが嬉しい家だったので、思わず立ち止まった。

25年前

 あの朝、私は岡山のおふくろの実家にいた。前日が従兄弟の葬式だったからだ。そのまま東京へ帰ろうとしたら、おばさんが、滅多に来ないんだから泊まっていきなさいよといった。あのまんま帰っていたら、あの日も会社へ行っていただろう。しかし、あの地震で岡山に留まることを余儀なくされた。
 宝塚市の社宅にいた昔の同僚は前日風邪で寝込んでいたので、地震の瞬間はもう既に目を覚ましていて、倒れてきたタンスを仰向けに寝たまま受け止め、一命を取り留めたといっていた。彼はそれから何年もしないうちに会社を辞めて福島の郷里に帰っていった。それから音信がない。その後の3.11でどうしていたのかも聞いていない。大きな地震を両方とも経験したことになる。
 あの時はもう二度とこんな大惨事を見ることもないだろうと思っていたのに、3.11であっさりと二度目を見ることになる。25年前は火災の恐怖だったけれど、9年前は津波だった。どっちもなかなか逃げ切れない。人間なんて弱っちい存在でしかない。それだのに、なんでこんなに全能感に満ちあふれて自信満々な愚かしい人間が大手を振って歩き続けているんだろうか。

 NSW州に大雨が降っていて、これでようやくブッシュ・ファイアーが収まるかも知れない。

 話は「あれから25年」のNHKニュースの中で、現場で「Amazing Grace」を唄う声が聞こえてきたんだけれど、あれって、キリスト教の聖歌で、救って下さった神を称えているわけで、あそこで歌う唄としては、たった1%の信徒しかいない日本ではちょっと違和感があったのだけれど、それはたまたまどこかのキリスト教会の集会だったんだろうなぁ、という茶の間の会話。

 今月になってから月刊「世界」を買っていない。のんびりしていると、どれかの記事についての書き込みがtwitterで流れてきちゃう。不思議なことに、たまにいく書店では、いつもは売れ残っているこの月刊誌が、最後の一冊になっていた。何かが起きているのか。先月号はまだ残っていて、いつものようにバックナンバーとしておかれていたのに、今月号が払底した。

東京懐かし写真帖 (中公新書ラクレ)

東京懐かし写真帖 (中公新書ラクレ)

 近頃流行の、団塊の世代目当ての本のひとつのように思うけれど、15歳から写真を撮っていた著者は鳥越神社の傍にある洋食屋の人だというので、わかりやすい写真がたくさん出てくる。もっとも、それくらいの本はいくらでも出ているんだけれど、偶々開いたページに志ん朝さんが出ていたので、思わず買ってしまった。同時代史を見ているようで面白い。
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現在のお店。鳥越神社からすぐで、鳥越祭りの時に古今亭志ん朝が店前の椅子に座っている写真がこの本に掲載されている。

会食

f:id:nsw2072:20200115182012j:plain:w240:left わが家は誰かの誕生日、あるいは記念日に家族5人で会食をする習わしだ。先日息子の誕生日だったので、彼の希望を聞いて2年連続で近所の鰻屋で会食をした。私が年に2回食べられる鰻のその第一回目でもある。もうあと一回は真夏の鰻屋での落語会だ。だから、もう必死に楽しもうとする。肝も焼いて貰い、堪能した。
 すっかり食べ終わってから、娘が言う。「うちは幸いにしてこんなものが食べられたりするんだけれど、それが叶わない人がいるのが気の毒だ」と。だから、もうこういう会食は止めようというわけではない。じゃ、どうするか。寄付をすることができるほど稼げるようになろう!と云うわけでもない。政治家に立候補するわけでもない。じゃ、せめて、フェアな政治家を送り出す、という方向にいかなくちゃな。