ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

シウマイ

 昨日、帰りに、そうだ朝ご飯に食べたいなぁとスーパーマーケットにポテトサラダを買おうと思って寄った。そうしたら、うどん売り場に「水沢風うどん・生」というのが書いてあったんで思わず籠に入れた。その傍に餃子やワンタンの出来合いを売っていた。あ、食べたいなと思ったんだけれど、どうせなら自分で作ろうと思った。そういえば最近、シウマイを作ってないものなと。だからと日本で200円した長ネギを買った。うちへ帰ったら「シウマイならタマネギだろうが」といわれた。そうだ、餃子じゃないんだ。シウマイの皮は30枚入りだった。赤身の豚挽きを買った。
 タマネギをみじんに切って椎茸もみじんにして、ごま油、塩、胡椒、オイスターソース、片栗粉を入れて練った。包んで蒸し器にかけた。ちょっと緩いシウマイだ。塩味と、深みが足りない。「砂糖入れた?」あ、そうだ、砂糖を入れてないや。でも、辛子をきかせた醤油で食べたら、まぁまぁだ。塩分控えめ、当分控えめだ。こうしてみると、外で食べるものというのはとっても塩分が高くて、味が濃いんだなというのがわかる。
 信州で買ってきたキクラゲを戻しすぎてしまったので、昼のサンマーメンに続いて、もやし炒めにもキクラゲを投入。点心は餃子とシウマイしか作らないけれど、今度はワンタンを作ろう。どうせ皮と豚挽肉を買ってきたらできる。

休刊

 弊社発行の「新潮45」は1985年の創刊以来、手記、日記、伝記などのノンフィクションや多様なオピニオンを掲載する総合月刊誌として、言論活動を続けてまいりました。

 しかしここ数年、部数低迷に直面し、試行錯誤の過程において編集上の無理が生じ、企画の厳密な吟味や十分な原稿チェックがおろそかになっていたことは否めません。その結果、「あまりに常識を逸脱した偏見と認識不足に満ちた表現」(9月21日の社長声明)を掲載してしまいました。このような事態を招いたことについてお詫(わ)び致します。

 会社として十分な編集体制を整備しないまま「新潮45」の刊行を続けてきたことに対して、深い反省の思いを込めて、このたび休刊を決断しました。

 これまでご支援・ご協力いただいた読者や関係者の方々には感謝の気持ちと、申し訳ないという思いしかありません。

 今後は社内の編集体制をいま一度見直し、信頼に値する出版活動をしていく所存です。

2018年9月25日

株式会社 新潮社

 で、自民党はどうするんだ?

神様はいるか

f:id:nsw2072:20180926015326j:plain:w360:left いやいや、こんな壮大なタイトルを書いてしまって、おいおい、どうするんだと狼狽えてしまいそうだけれど、実はこの夏に、ふと、そんなことを思ってしまったのだ。もうキリスト教の洗礼を受けてからだって20数年経っているんだから、神様はいると思っていたはずだろうと責められたらどうしようと云うことになるのだけれど、それは突然やってきた。
 
 ハイキングコースというか、トレッキングコースというか、そんなところをほとんど一日おきに歩いていたと思し召せ。ま、二日連続で歩いたときもある。しかし、そんなに日頃から身体を鍛えているわけじゃないし、むしろ怠けているわけだから、ちょっとでも登りがやってくると、よいこいしょ、どっこらしょとかけ声をかけないと、ポールで支えながらでも苦しくなる。で、もう俺には無理だよ、というようなところにやってきて、いやいやながら、ここで夜を明かすわけにもいかないからとそこを超えていくしかない。で、帰り道、だらだらの下りを、ぽっつんぽっつんポールをついて歩いているときにふと思った。なんで、こんな自分が平気でけっつまづくこともなく、互い違いに足を出し、方向を間違えることもないのに、それは自然に動いているみたいで、こう動かすんだ!といちいち思ってもいないのに、バランスをとって動く。言い古された疑問なんだろうけれど、なんでこんなに自然に動くんだろう。そもそも、なんでこんなところに、地図を探しては、ルートを見つけ、その色分けに従って、判断してここにいるわけなのかね。
 神様がこういう作業をすることができる存在を作ったとしか思えないでしょ?それもこんなにコンパクトに作ってある。ちょっとコンパクトすぎて、文句があるって云えばあるんだけれど。「♬さけもいらなきゃ、おんなもいらぬぅぅぅ、わたしゃもすこし、せがほしいぃぃぃ♬」もっとも私が造作を作ったんだったらもうちょっとマシだったかも知れないし、もっと不細工だったかも知れないけれどね。

 ふと目の前の道を見たら、そこを蟻が歩いていて、こいつがまた、下ばっかり見ているんだよね。なんで、上を見上げないんだろう。上を見上げて、何か別の世界に気がつかないようにしているんじゃないかなぁと思ったときに、あれ?おれってなんでそんなことを想像しているんだろうって。
 もっと凄いのは小説を考えちゃう人がいたりするってことなんだなぁ。なんで見たこともないのに、そして、実際言葉を交わしたわけでもないのに、なんでそんなことを勝手に想像するんだろうって。見えないところまで作り込んであるってわけだよね、この人間という種類の生物は。良く出来てんなぁって。不思議でしょうがない。でも、こんなことを言葉にして人前で語り出したら、みんな気持ち悪くなるか、あるいは酒がまずくなる。だから、ここに書くくらいにしておこうと思ったわけだ。
 で、結論なんだけど、「神様はいる」ンだね。お〜、怖っ!

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硯の中の地球を歩く

硯の中の地球を歩く

 甥っ子が書いた本です。いつの間にか、こんなことになっていて驚いた。爺ちゃんもさぞかし驚いていることだろう。親戚でこんなことが起きちゃって良いのかね、と一同びっくりしています。

 もっと驚いたのはHONZ成毛眞が書評を書いていることだったりする。

百回噺 その2

 近頃、民間企業のストライキなんて全く聞いたことがありませんね。昔は国鉄も組合がいくつもあって、ストライキもあったけど、それは違法だといって処分されちゃうので、順法闘争なんてのをやってましたね。決められた通りの手順を踏んで電車を走らせると、どんどん遅れてっちゃって、軒並みラッシュ時の電車が遅れちゃうの。炭鉱会社なんかで第一組合と、経営者側が組織した第二組合と労働者が分断されちゃって長引く闘争、なんて普通にありました。戦後はGHQによって、組合闘争が公正に許されたので、大いに労働運動が盛り上がりました。戦後四半世紀も経っていたのに、私が企業に入ったときはちゃんと組合に闘争資金の積み立てをやってました。だから、非組合員になったときに組合からこの積み立てが返却されたので、これ幸いにと呑んじゃいました。(今初めて白状)。

 私がまだ小学校に上がる前ですからGHQの占領が終わって朝鮮戦争で特需で忙しくなったくらいの時期は、そういう点でなかなか荒々しい時代で、現場で職長みたいな役割だった父親はやっぱり経営者側と思われていたらしくて、結構やり玉に挙がっていたらしいのです。もちろん私なんぞはできたばかりの幼稚園なんかでチャンバラごっこに精を出していた頃です。
 
 ある日、わが家のポストに脅迫状が投げ込まれていたのです。じゃぁ〜ン!


ダイヤル110番
(日本テレビ 「ダイヤル110番」)

 私は現物を見たことはないんですが「お前んとこの子どもを誘拐してやる」という中身だったらしいです。なにしろラジオのニュースでこの脅迫状のことを報じたのを聴いた記憶があります。今から考えてみたら、こんなサラリーマンの現場のオヤジを脅かしてどうしようと思ったんですかねぇ。トニー谷の長男が誘拐された事件よりも前のことです。吉展ちゃん事件の遙か前です。で、どうしたのかといったら、会社から警備員のお兄さんが交代できてくれていたのです。私はその人が迎えに来るまで幼稚園から帰れない。この人は私を迎えに来てから、小学校に姉を迎えに行くわけです。その間時間があります。すると私を連れたまま、パチンコやったりしてました。いったいどれくらいの期間だったのか、全く記憶がないのですが、何日間かは、確実に迎えに来ていました。結局なんちゅうことも起きなかったのでしょう。でも、何をきっかけにしてそれを中止したんですかねぇ。当時の会社ってのが如何に家族的な思想の会社だったのかというのが推察されるような話です。そういえば、職場全員の家族がうちそろってバスで遠足に行ったり、社宅で、親たちが幹事になって広場で運動会をやったりした記憶があります。引っ越しだといったら、みんな総出で荷物を運んでいました。正月といったら、職場の家族がみんなで集まって大宴会をやっていました。そんなところに獅子舞が来たり、それはそれは賑やかな正月でした。本当に娯楽がなかったんですよねぇ。

 という百回噺です。

旅記録

 いくつもブログを書いているんだからどれかを旅記録専用にすれば良いのに、と思ったときは時既に遅く、旅記録は写真をたくさん載っけて4travelに書いています。長い旅の時の記録なんかは尻切れトンボになっていることが多くて、なんのための記録なのか、という気がしないではありません。すぐに書かないと忘れちゃうんですよね。

 で、この4travelには旅のQ&Aコーナーがあるんですね。ま、いってみれば「地球の歩き方」のサイトみたいなものでございますが、こちらは「価格ドットコム」がやっているサイトです。この質問コーナーを毎日見ているのですが、実にご丁寧なアドヴァイス常連さんとでもいう人たちが何人かいて、その親切さには舌を巻いてしまいます。

 なんたって、「初めてのロンドン、夫婦2人です。宿泊先、観光先アドバイスください。」というだけの質問だったりするというのに、ご丁寧に「こういうホテルはどうですか、便利です、あそこは必見ですよ」とURLまでアップして教えてあげる方がおられるのです。そんなのまず最初にざっとしたガイドブックを図書館で借りて来いよ、多少古くたって良いじゃないか、それをあれこれ見るのが旅の始まりじゃないのか、と私は即座に反応してしまいます。もちろんそんなことは書きませんけれど。
 そのくせ、そうやってわざわざ詳しく書いてくれた人に対する質問者の反応が「英語は一応できます。ビジネスクラスの切符を買っただけです」なんて自慢してやがって、それだったら、どこかの旅行代理店にいって、金払って教えて貰えってんだ!と向かっ腹が立ちますが、それを懇切丁寧に教えてあげる人がいるのを見ていると、世の中皆さんお優しいんだなと、感心いたします。私もそうやって人間性を高めなくちゃいかんかなぁと考える今日この頃です。

群衆の中の孤独

f:id:nsw2072:20180924144359j:plain:w360:left 昨日秋葉原に行った。休日の秋葉原だから、歩くのもままならないほどの人がいた。凄い数です、それはそれは。昭和通りと駅前の通りの角に、なにもいわずにじっとたたずむ何人もの人。片手にはスマートフォン。あの例の漫画のハンティングとかって奴。友達と歩いている人たちもせいぜい3人ぐらいのグループで、彼らは声がでかい。日本語、中国語が一番良く聞こえてくる。つぎが英語かなぁ。ひとりで歩いている30歳前後の男性が一番多いだろうか。おしなべて小太りで、ガリガリの人もいないではない。ジーパンの裾がぼろぼろな人も良く見る。カメラを二台、おまけに背中にバッグとウェストポーチもつけている人がいて面白かった。
 万世橋の歩道で座り込んで、ピンクのワンピースを着せたフィギュアをたてている人がいた。何をしているのかと思ったら、そのフィギュアの後ろから写真を撮ろうとしてる。しかも、そのフィギュアのお尻をわざわざ丸出しにして。思わずとんでもないものを見てしまったという気がして目をそらす。やっぱりついていけない。