ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

すべての責任は私にある

 JR羽越線の脱線転覆事故で現場に来たJR東日本松田昌士会長が、「いまは原因追究や、対策を立てることが第一にすべき事だ」と話しながらも「多くの方が亡くなったりけがをしたことの全責任は、最高責任者の私にある。出処進退については命を預かる鉄道のトップに立ってから頭にある」と述べ、事故原因の究明にめどがついた段階で、辞任する意向を示唆した(毎日新聞)と一斉に報道されたのは29日のことである。
 どうやらこの事故の原因は「ダウンバースト」現象ではないかという説が有力である。例えその予期を超えた自然現象が原因だとしても、常に乗客の命を預かっているという危機感を持って職にあたることが重要だ、というのが松田会長のいいたいことなんだろうと思える。これに対して、あまりにもその出処進退を表明することが早すぎるという声がJR東日本社内に出ているらしいことが報道されている。自分の立場に置き換えたら何もそんなに責任とらなくても良いじゃないか、という発想が多分にあり得るだろうと邪推してしまう。
 JR西日本の社長・会長は事故が起きてからようやく10ヶ月後に辞任。そして相談役にとどまるらしいと報道されていることと比べてその対照的な姿は驚くべきである。
松田会長は:
昭和36年3月北海道大学大学院法学研究科終了、昭和36年4月日本国有鉄道に入社。昭和60年3月北海道総局総合企画部長に就任。昭和61年2月再建実施推進本部事務局長に就任。そして昭和62年4月東日本旅客鉄道株式会社常務取締役。平成2年6月JR東日本代表取締役副社長、平成5年6月代表取締役社長。平成12年6月取締役会長。道路公団四公団民営化推進委員であったが2003年末に委員を辞任。
「世界中が文化を守りながら、良いものに変えようと努力しているが、日本は(景気などが)少しでも良くなると改革の意欲も失ってしまう」(下野新聞社 しもつけ21フォーラム)あるいは、改革と改良は異なるものである、等発言しておられる。
 社員の命を預かる職場、あるいは客の命を預かり対価を得るサービス業の経営者は常に松田会長が示した決意を胸に秘めているべきだろう。それが本当のプロフェッショナルだと思う。官僚的なという表現がまさにぴったり来るような経営者と松田氏は明らかに一線を画していると考えられる。
 そろそろ17年前になるが、私のいた職場で大きな事故が起きたことがある。なんと全員で12名の人命が失われる結果となった。今回の羽越線事故に比べたら2倍を超える犠牲者の数である。この時、何人もいた副社長のうち、筆頭副社長から現場の対策本部に入ってきた電話は「社長に責がおよばないように処理しろ」というものであった。要するに、そんなマイナーな部門の失態で最高責任者が責められないようにしろ、という指示である。呆れかえって開いた口がふさがらなかった。これが高等教育を受けた一部上場企業の筆頭番頭がとる行動なのだろうかと、真夜中だったこともあるが、夢ではないかと思ったくらいである。
 34年ほど昔に、私の父が責任を持っていた職場で事故が起きて一人の職人が死んだことがある。父はいつまでもこの事故のことを語り続けていた。そして私の職場での事故の際に、結果として現場の人間の責任としてすべてが処理された時、現場を預かる責任者がその責任の重大さから逃れようとする、そしてそれが当然の如くに行動する周囲の人間たちの甘言に乗ってしまうことを嘆いていたことを想い出す。