ほぼ足りてまだ欲 その先

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徳島 裁判員裁判

朝日新聞徳島版2009年11月19日から

「気を失うことなんて日常茶飯事でした」。被告の妻は弁護側の証人尋問で、長男と一緒に暮らしていた時に受けた暴力について語った。平手だったのが次第に拳(こぶし)に変わり、手加減もしなかった

 母親と次男は別居し、父親が長男と二人で暮らし始めたのは7年前だそうだ。母親の証言によると父親が長男にハンマーで殴られたのも二回ほどあったそうだ。
 「なぜ公的機関に相談しなかったのか」ときかれて被告の父親は「追い詰められたからこそ、相談するということが思い浮かばなかった。私がずぼらな面もあるが、日曜しか休みがなく、公的機関に行く時間がなかった」と答えたそうだけれど、余裕がなかった様が表されていたように感じる。
 なぜ第三者に相談しなかったのだろうか、という疑問は多くの人が持つだろう。しかし、実際にはひょっとするとこのままある時突然回復するかもしれないという非常に非論理的な考えをもったりするのが親だといういい方でわかってもらえはしないんだろうか。公的機関へアクセスする時の壁というものが実はある。
 強制わいせつ致傷の罪で有罪判決を受けて戻ってきた時に「薬が2,3日分しか残っていなかったので、通院していた病院に処方をお願いしたが、1週間先まで難しいと言われた。ショックだった」という被告の父親の証言は実は意味があるのだろうと思う。「医療観察法」の対象にもならず、そのまま帰され、薬も処方されないとなると、周りから見放されたと思ってしまってもそれは責められないのではないだろうか。
 被害者である長男の胴体だけの写真を検察側は証拠として申請したが、裁判所はこれを却下した。裁判員裁判であることと、この事件の性格からいって当然ではないだろうか。
 読売新聞徳島版(2009年11月19日 読売新聞)は母親の言葉として「この世に生まれて、病院に断られ、友だちには逃げられるし、長男には居場所がなかった。死んだことよりも、そのことが哀れに思います」と報じている。
 殺すしか方法がなかった、とは思いたくない。しかし、この一家をどうしたら救うことができたというのだろうか。
 強制わいせつ致傷事件で関係した公的機関職員にとっては責任能力があると認められたのだからなにもしなくて良かったのだというお墨付きを貰ったということになるのだろうか。