ほぼ足りてまだ欲 その先

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また「話の特集」

 友だちの別荘に、私がかつて毎号購入に及んでいた「話の特集」の古いものをどっと置かしてもらってあって、遊びにくる度にそれを取り出してポツポツと読むのが結構楽しい。
 そのうちの一冊を取り出して見ていたら、ページの下が切れていないでまるで袋とじのようになっているところがあった。つまり、当時、今から30年ほど昔のことだけれど、私はその部分を読まなかったということである。で、それは一体どんな部分かと思ったら、太田竜が書いているところだった。そういえば太田竜は難しくて、すっ飛ばしていた記憶がある。当時の「話の特集」はだらだらとなんだか思いついたままに流して書いている人が、井上ひさしを始め(そんなことをいったらあの凝り性に申し訳がないけれど)、何人もいたようだけれど、太田竜のそれは、それはそれは難しいのである。
 これでは私が継続的に購入に及ぶことだけに精力を傾けていただけで、ろくすっぽ中身を読んでいない、つまり単なる収集家にすぎないかのように思えるのである。
 それで思い出したのは、親父の職場の仲間で鎌倉に住んでいたOさんのことだ。彼の家は鎌倉の材木座海岸からそれ程遠くないところで、広い庭には個人のうちとは思えないほどの大きな池が掘ってあって、そこには子供達のためにアヒルが数羽飼われていた。どう考えても普通のサラリーマンが住んでいる様な家ではなかった。古くからの大家というやつだったのだろうか。
 そういう境遇にいたからだろうか、彼は名にし負う蔵書家だった。蔵書家という言葉は知っていたけれど、本当にそういう人に出会ったのは彼が初めてだった。尤も、そうと知ったのは私が地方都市へ転勤になった時のことだ。その頃丁度同じ街にOさんも転勤になっていた。その街にはまともな本屋というのは一軒しかなくて、そこの片手の不自由な配達の男性が毎月彼のもとに新刊本を届けているのをみていた。しかも、それが生半可な量ではなかったのだ。
 私が結婚した時に、彼が送ってくれたお祝いはなんと「Webstar」の大判の分厚い辞書だった。当時は、なるほどあの人らしい選択だなぁといたく感心したものだ。
 今になってみると、彼の気持ちがわからないではない。もちろん私は彼の様にどんどん購入に及んでも生活に差し障りがない様な境遇ではないから、その域にまで達することはないけれど、本というやつは魔物で、一度チャンスを逃すと滅多に遭遇することができない。それを知ってしまうと「チャンスを逸する」という恐怖に打ち勝つ修行をしなくてはならないのだ。私の場合はその修行はあっという間に終わった。ただたんんなる金銭的事情によって。