ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

 家に帰り着いたら知らないうちもう午前2時を越えていた。おかげで眼が覚めたらもう11時だった。頭が痛くて重たくて、あぁ、なんであんなに呑んでしまったんだろうかと今朝もまた自省の念に駆られるのだった。
 寝床の中でサンデー・プロジェクトの声だけをラジオで聴いていると「限界集落」の話になっていた。こうして考えてみるとこの国の政策ってものはろくなことになっていないんじゃないか・・・。まぁ、お任せしておけば悪いようにはならないんだろうと思ってそのまま見て見ぬふりをしてきてしまった私達には大きな責任があって、そうしたしっぺ返しが何十年後になってまざまざと現れてきてしまったということなんだろうか。やっぱり考え直さないといけないな。あぁ、頭が重い。

開高健

 まとまらない頭のままテレビにまた視線を投げていると、どこかの民放のBSで開高健が出てきた。ナレーションがフランキー堺である。どちらも既に鬼籍に入っておられる方であり、一体こりゃまたどうしたことかと思ってみると、1988に開高健が英国の元首相であるヒューム卿の招待を受けてスコットランドで初めてフライに挑戦するという話である。「スコットランド紀行」という開高健の遺作なんだと検索してあたったBS-iの番組紹介に書いてある。元壽屋出身でベトナム戦争のレポートで知られ、何作もの小説を著し、世界中を釣りして歩いたことで有名な開高健だけれど、あの人のあのだみ声とあの体型は一目見たらすぐに分かる。
 彼がロンドンのハーディーの店に立ち寄ってヒューム卿を訊ねる前に一通りの道具と身支度を揃える。そしてそこではツィードのジャケットまで売っていて、そうしたきちんとした身なりでフライ・フィッシングに興じるのが貴族なんだと説明する。開高健がやはり千鳥格子のハンティング帽とジャケットを着用に及ぶものの、私と大して変わりのない体型ゆえにやはり楚々とした雰囲気になり得ないのが、甚だ残念である。現地でいよいよ川に立ち入ることになり、そのジャケット姿のままウェーダーを履くのだけれど、いやぁ、やっぱり残念な姿であり、自分は必ずあのような格好をするのは止めようと心に決めるのだった。
 開高健はハイアットパークでフライを振る練習をする。本当にあんなところであんな練習をしても良いのだろうか。いくらフックがついていないとはいえ、万が一、人の顔にフライラインが当たったら結構それはそれで痛いものである。そういえば私が生まれて初めてフライラインを振る練習をしたのは一体どこだったろうかと頭をめぐらしてみると、それは多分20年ほど前で草津の奥、六合村山中の草地を刈って芝生を張った広場だったと思う。生まれて初めてフライ・フィッシングというものを見たのもそれを遡ること5年ほど前のその山中でのことだったろうか。
 開高健もそれまではルアーで釣っていた。どこに行くにもルアーを持っていった。中国にとてつもない魚がいるらしいと聴いて「サンスイ(当時は山水だったろうか)」で大きなスプーンを作ってもらってもっていった話がやはりオーパの一冊に書かれていた。私が生まれて初めてルアーロッドを手にしたのも新宿西口にあった「サンスイ」だった。
 数年後にふと立ち寄った、多分銀座のデパートの催事場で開かれていたバーゲンで、今から考えればちゃちなフライ・ロッドとリールのキットを持ち帰ったのがフライを手にした最初だった。大体こうした釣りは誰か先達がいて、「いいか、安物買いの銭失いというだろう?悪いことはいわないからこれとこれを買っておけ」とそこそこのものを無理してでも買わせるものだけれど、私の周りにはそんなことをやる奴は一人もいなかったから、自分ひとりで決断するしかない。しかも、根っからのケチと来ている。そもそもそんなケチな奴がこんなことに手を出すな、というものであるが、その気になってしまったのだから仕方がない。そのロッドは実際に振ってみるとぶるんぶるんと不規則な振動を手元に伝えるのだった。後でそこそこのロッドを買ってみると、なるほど、やっぱりバランスというものが存在するわけで違うのだった。
 開高健が亡くなったのは平成元年だというからもうかれこれ20年は経とうというものである。私は既に彼の享年を超えてしまった。彼が世界を釣り歩いた写真集「オーパ」の北米編を集英社が出した文庫本で買ったことを覚えている。
 彼が書いたのが最初か、それとも誰かがいったのを開高健が聴いて書いたのか知らないが、彼の言葉として残っている中で最も気に入っているのは「魚の話をする時は釣り師の腕を縛っておけ」というのがある。たぶん銀山湖で尺ヤマメを釣ったという話の中に出てくるのではなかったかと記憶している。

2月3日(日)

 来年の話をすると鬼が笑うのだけれど、もう12月に入ったから良いだろう。ちょうど二ヶ月後に友人が浅草公会堂でイベントをやるといっていて、これから追い込みなんだそうだ。何か、手伝えることがあるかもしれないので、明日はそのうち合わせに行く。6-7バンドが出演するフェスティバルだという。