ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

渋谷 反原発デモ

 生憎と小雨模様。昼寝しちゃったぼぉ〜っとした頭を抱えたまま、慌てて地下鉄で渋谷に駆けつけると、相変わらず週末の渋谷はとんでもないほどの人、人、人の波で、スクランブルを出るまでに一苦労だ。
 公園通りの下まで来たら殆ど降ってない。これなら良いじゃないかと上がって行くと、前回ここに来たときの「検察糾弾・マスコミは真実を伝えろ・デモ」の時に較べたら嘘のような大量の機動隊が二列縦隊で並んでいる。しかも、区役所前の交差点に来たら大量の私服警官がいる。それが今日は全部ではないが多くの私服警官が腕章をつけている。「警視庁」と書いてある。そうじゃないと間違えて私服が私服を検挙しちゃう危険性があるのだろうか。まさか。古着屋が店じまいしてがらんとなっていた。
 集合しているデモ隊の方も車にどでかいスピーカーを積んでいる車の上には楽隊までいるのだ。あたかも浅草のサンバカーニバルの出発点に来たかのように、サンバのリズムが刻まれている。いつもの私が参加するデモに較べたら圧倒的に年齢層が低い。若い女性達がサンバのリズムに思わず身体を揺すっている。お〜、久しく見ない光景だ。
 そうこうするうちにその楽隊の乗った車が動き出したと思ったら、その近辺にいた人たちが後ろについて動くから私もそれについていった。どうやらそれが一番最初のグループのようで、私はその後ろから10列目くらいのところにいるのだった。すぐに雨が降って来ちゃって、岸記念体育館から五輪橋にあがる坂のところではずっと傘だ。そこから表参道をあがる途中くらいまで傘を差していた。
 あんなにたくさん人がいるところでは以外に好意的に見ている人の視線を感じ、中には若い二人連れが、「おいでよ!」という声に反応していた。
 「原発要らない」「子どもを守れ」「福島守れ」のシュプレヒコールを延々と最後まで続ける。表参道の交差点で青山通りを右折。青学の前を通り、青山通り宮益坂上の交差点で右折。宮下公園の脇を通ってガードをくぐり、タワーレコードを左折し、西武デパートの間を右折。交番のところで左折して道元坂の通りに出て左折。もうぐるぐる回る。段々へたってくる。お巡りはうるさいくらいに前を詰めろ、歩道に寄れと叫ぶ。こういう時にカッと来てお巡りに文句を言っても駄目で、こういう時はず〜っとシュプレヒコールをしていて、全然いうことを聞かないのが一番。ズルズル歩き、ぶらぶら行く。
 リーダーと覚しき警官が若い連中に「声を出して!」と云って歩く。デモ隊は大笑いする。「そうそう!君たちも声を出してねっ!」
 道玄坂から駅前のスクランブルにかかると渋谷駅前ビルの前の植え込みに5人の在特会がどでかいスピーカーを持ってまたいる。彼等はこの植え込み前に数人の制服警官と、それを上回る私服警官に「守られ」ている。前回も書いたけれど、私にはなんで彼等が反原発デモに「手めぇら!」と罵声を浴びせるのか、その意図がわからない。この国の将来を担うこどもたちを被爆させて良いという考えなのだろうか。
 ガードをくぐって明治通りを原宿方面に向かう。また宮下公園の脇からガードをくぐり、タワーレコードの前を今度は右折して郵便局前の交差点を左折して公園通りに出る。
 出発したのが15:40で帰ってきたら17時半を過ぎていたから、2時間の行程だった。私達のグループの次のグループは随分と間を開けさせられていたのだった。人数がどれほどいたのか、全くわからない。
 都会を歩く人たちは無表情だといわれるけれど、こっちから見ているとそれが実感できる。できるだけ無関心を装うという顔つきが無表情になる、ということなんだろうなと思われる。
 それでも興味深げに見送ってくれる人たちもいるし、覗き込んでいる人たちもいる。今度は、どうやって素いう人たちに加わろうという気にさせるか、だろうな。
 私の万歩計は15,500歩だった。
 東京新聞の記事→こちら
 twitterのタイムラインによると、やっぱりどさくさ紛れに「公務執行妨害」を振り回して誤認逮捕された人がいたそうだ。その人の言によるとかなりな数の私服が紛れていて、警察に連れて行かれてみると、周囲にいた人間が何人もいたという。こんなファミリアな、非常に友好的な雰囲気で行われる、本当の意味での市民レベルデモなのに警察はこんなに過剰に警戒をしている理由は一体なんだろうか。
 それはやっぱりこの原発政策に経産省文科省といった霞ヶ関がとことんまでに関係しているからだろうか。民主党政権を死守するために警視庁がここまでやるのだろうか。都知事の管理下である警視庁だから、原発に反対する連中は弾圧するという方針だろうか。
 一発脅かしておけば、徐々にお上にたてつく意欲が萎えるだろうという読みに違いない。先日の「no nukes」ステッカーの軽犯罪法違反逮捕もその一環に違いない。
 やっぱり相当の数の参加者がいたのだけれど、警察によって、小さいグループにみんな分断されてしまったのだそうだ。それも信号一回分とか二回分に分断されたのではなくて、大きな印象を残させないために大幅に分断されたのだそうだ。これだと、沿道の店の人たちには「また来た・・」という印象を与えて支持を得られない、つまり市民の団結を妨害する、という結果となるということだ。
 ごく一般の人にとってはそんなことを警察が考えるわけがない、と思ってしまうのだけれど、実際に警察はそんなことを考える。原発事件の結果放射能汚染が拡がることを一般市民に知らせずにここまで持ってきてしまった政府や東電、霞ヶ関の行動を「そんなことをするわけがない」と思っているのだとしたら、それはあまりにも人が良すぎる。あまりにも騙され易すぎる。本当に騙そうとしていることに気づくことが必要なのだ。
 警察がそうした戦略を弄しようとしている姿に「いつか来た道」を察する必要がある。
 この時期に自民党が「エネルギー政策合同会議」を「原発をなくさないために」作ったのには「膨大なコストや不安定性を覆い隠し「自然エネルギーで何とかなる」と言うのは無責任だ。現実問題として原子力を無くすわけにはいかない」という主張があるのだそうだけれど、これはもうはっきりいって戦前の軍とタッグを組んだ財閥の仲介人である政治家とうり二つだ。
 いや、まだまだそんなことができるわけがないというのは大間違いだ。彼等にはできるし、もうやっているのだ。
 どうやら今日の逮捕者は最初から警察に狙われていたようだといわれている。というのは大きな音を出して先導しているトラックとそのあとにつながって歩いていた人たちとを、突然警官隊が引き離し、意味なくデモ隊を押しとどめ、そこに後ろからどんどん人が詰まってきたときに、突如警官隊が「押さないでください、押さないでください」と指揮車から声がかかり、その後一気に検挙となったという目撃者の談があるからである。
 これで「そんなわけないだろう」と思っている人にとって少しはヒントとなっただろうか。

五月

和作

和作

 ジャケットの写真がここでは出てこないのが残念だけれど、荒木和作+やまだあきらのこのアルバムに「五月薫風」という唄があって、私はここで「薫風」という言葉があったっけなと思いだしたのだった。
 荒木君には大学卒業以来逢っていない。元気でいるらしいことは、一度だけ葉書を貰ったことがあったので、想像しているのだけれど、どんな人生を送っているのだろうか。この録音の中でギターを弾いているのは彼なんだろうか、それとも誰か他の人なんだろうか。

インク

 このブームは何をきっかけとして起こっているのかよく知らないのだけれど、ここのところ文具界では思いもよらない色のインクを新発売するというブームが来ているんじゃないかと思っているんだけれど、違うだろうか。そういえば私の中ではこれが初めてではなくて、どうも二回目くらいに思っているのだけれど、ペンとインクの歴史はそんなに浅くはないので、何度も何度も繰り返す波の中にいるのに相違ない。
 セーラーが出している極黒(きわぐろ)という超微粒子顔料インクというのは、昔からある顔料インクが万年筆に使うと乾燥して目詰まりを起こすという欠点を解消しているんだそうで、漫画を描く若い人たちに随分支持されているんだと聞いたことがあって、酷く驚いたのだ。そうか、そういう需要があるのかと。同じ路線でセーラーは青墨(せいぼく)という色も出している。とはいえ、万年筆に使うのには結構勇気が要る。だったら安い万年筆で試してみれば良いやと思ったら、セーラーの安い万年筆というのは、実にどうしようもないのだった。
 かたやパイロットは色彩雫(iroshizuku)なる17色もの抑え気味でなかなか洒落た色のインクを出している。→こちら。ブルー系やセピア、焦げ茶くらいは使ってみたい気はするけれど、赤系は使ってみたいとはこれっぱかりも思わないが、ひょっとするとこれを使ってペン画ってものを描いてみると面白いかも知れないが、残念ながらそんなに揃えるほどの財力と、絵を描く才能を備えていない。
 こちらのターゲットは一体誰だろうか。ひと瓶1,575円するインクをいくつも手元にもって管理する人、というのは誰だろう。こちらは「万年筆インク」と書いてあるくらいだから顔料インクではなくて、管理も楽なんじゃないだろうか。そのうち簡単な万年筆にちょっと変わったインクを使ってみようかとも思うけれど、鉄ペンは下手をすると錆びるから、難しい。
 私は日常はPelicanの安い万年筆を使っているのだけれど、ここのカートリッジインクではroyal blueという色が発色がよくて好きだけれど、不思議なことにあとでそのメモを眺めて何かを書き起こそうとすると、あんまり集中ができない。結局blue-blackというなんということのない、昔ながらの、中学生の時から親しんできた色のインクで書いてあるのが一番抵抗がない。不思議なものだと頭をひねる。なんでなんだろうか。
 その向きはヤンセンだとか、伊東屋の「カクテルインク」なんてものもお試しあれ。

グローバル企業だからね

  SONYという会社はCEOはウェールズ出身だけれど殆ど米国で活躍する,オックスフォード出身のハワード・ストリンガー(Sir Howard Stringer)というおっさんでエライ金額の報酬を受け取っていると云うことを聴いたことがある。
 今回は想像を絶する件数の個人情報を抜かれてしまった企業として難しい立場に立たされている。IT分野で出遅れてしまった感のあったソニーはプレイ・ステーションで盤石な立場を確保したのかと思っていたらこれだ。なにしろ7,700万人分の個人情報が持っていかれているというのだから、これこそ未曾有のハッカー事件だろう。
 ゲーム機業界は抜いたり抜かれたり状況の中にあるのだろうけれど、これでプレイ・ステーションに対する信頼は音を立てて崩れ落ちて行きつつあるといっても良いのではないだろうか。それとも利用者はそんなことどうでも良いやプレイを続けるのだろうか。
 しかし、Stringerが社外に発言したものは「米国の利用者向けのブログで初めて陳謝し、保険会社と協力して最大100万ドル(約8000万円)までクレジットカード不正利用の被害を補償する方針を示した(毎日新聞 2011年5月6日 20時22分(最終更新 5月6日 21時45分)」という内容のものだいわれている。それはひょっとしてこちらのことか。英語だけで語られている。
 つまり、この会社は日本を主市場にしているわけではないということだろう。この会社の創業者、歴代の経営者は高邁な思想を持ち、なおかつそれを体現、表現している人が不思議なくらいに続いていたのだけれど、ウォークマンがその開拓者としての使命を終えた頃からそうしたカラーが見えなくなってきたのは不思議なくらいだ。
 かつてはソニー・時間というものが語られていた。発売されたときには目新しい魅力的な機能がついたものがしばらく経つと、それに僅かながら、なるほどそれがあったらより魅力的だよなぁという機能が追加されたものが新発売され、その後には最初のものがまるで魔法が解けてしまったかのように具合が悪くなってきてしまうというものだ。それでも、追加機能が魅力的でつい、また手が出てしまう。まぁ、いってみれば今のアップルのハードみたいなものだ。そういう点ではアップルに先行すること数十年だったのかも知れない。
 ストリンガーはもう国際市場と日本の市場を同列に見てはいないことを明らかにしたのが今回の事件へのSONYのスタンスだといって良いだろう。なんとなく、ヤマハの凋落の跡を追っていくような気がしてしょうがない。

2011年05月06日のツイート