ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

どうしてそうなっちゃうんだろうか

モーグルスキーの里谷多英が合宿に顔を出さないとテレビのモーニングショーが云っている。可哀想だなぁ。彼女も私と同じように自分を律しきれない性格をしているんだろうなぁ。ちゃんとした生活を送りたいと思っているのに、どうも自分を鼓舞して次に行動を移すという決断力に欠けるというパターンじゃないだろうか。きちんとした生活を送りたいと自分は心の底で真に願っているのにもかかわらず、どうも自己規制ができない。第三者から見ると「だらしがない」生活でしかない。本人は非常に悩むのだけれども何でか知らないけれど、いざとなるとそんなことどうでも良くなってしまう。そんな性格なのでは組織で働くことができない。しょうがないからフリーターとなる。フリーターなんだから、どうせ期待されていないんだから適当でいいやとそのいい加減さに拍車が掛かる。これを「人間性の欠如」というのだろうか。「失われた社会性」というのだろうか。適当な理由をつくってさぼろうとするんだけれども、何回も適当な理由を作っているうちにもうそんな理由もなくなって、無断で行くのを止めてしまうようになっていく。そうするとむこうはそんな奴はもう相手にしないということになって、自然に切れる。いろいろ面倒なことをしなくても、向こうから切ってくれるから、その後はどんどん無言で、無断で止めていく。どんどん社会とは縁が切れていくからどんどん「社会性」が失われていく。
里谷多英はどんどんこのいつか誰かが通った道を通っていこうとしている。みんながそれを話題にしてくれている間にどうにかしたいものだけれども、なかなか難しい。これは意図してやっているわけではないからだ。意図していないだけ、なかなか底は深くて脱出できない。
どうせ、こうなってしまうのであれば、それをなにかで表したらいいのになぁ。小説にしてしまうとか、詩を書いていくだとか・・・。