ほぼ足りてまだ欲 その先

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こんな嫉妬

 そりゃ才能というものは自分が頑張ったから開花する、というのもあるかも知れないけれど、もともとの感覚というものが天与のものとして存在していたりする。いやいや、天与なんかじゃなくて、そうしたことをする訓練を受ければある程度のことは実行が可能になっていくのだ、という説だってあるし、実際にそうして開花した人だって分野によってはあるんだろうなぁと思わせる。しかし、それでも彼ら、彼女らのそうした才能の開花、そしてその結果の公開というものに接すると、何故か短絡的に「あぁ、なんで俺にはそうした才能がないのであろう」と「絶」で「望」なのである。そして次にわき起こる感情は「嫉妬」と云うことになる。そんな時にどんなことをするのかと云えば、その才能の結実したものを見たくなくなり、聴きたくなくなったりする。
 次にどうするかというと、狂乱的に他人に私はこの「才能」が素晴らしいんだということを見付けてしまったことを高らかに宣言してみたくなる。そして、その自らの状況そのものを今や誰からも文句をつけられたくなんぞないぞ状況に陥る場合がある。しかし、これがまた不思議なことに、それまでさんざんに突っ走っていたにもかかわらず、突然別に大したことでもなさそうに思えてきたりするのだ。この辺が大変に複雑で私は自分の感情をどうもコントロールできかねて情けがない。