ほぼ足りてまだ欲 その先

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温泉 二日目

 とにかく最初からできるだけ多く風呂に入ろうという強迫観念にとりつかれているので、昨日は着くなり露天風呂。飯の前に大浴場。そして寝る前にと思って22時過ぎにいってみると、もう誰もいない。たったひとりで大浴場の露天風呂も堪能。
 そして、今朝はまだ外が真っ暗な露天風呂にいってみたら案の定、誰も入っていない。そして朝ご飯が終わってからしばらく休み、出発前にもう一度入りにいったら、長逗留なのか、若者がひとり入っていた。久しぶりのこんなところでの朝ご飯に嬉しくなって十五穀米を戴いて、満足する。
 向かった先は会津若松のすぐ傍にある七日町(なぬかまち)という会津鉄道の駅前の通り。なんでも昔懐かしい街並みが残っているので、という話だった。なるほど確かに点々とかつての栄華の雰囲気を見せる建物が残っている。今でも地方に行くとこうした建物が残っていて面白い風情を作っているのだけれど、それはかつては地方にそうした財力を持った人たちが育ったということなのだろうか。それが今は中央に集中してしまう結果となって、かつての余韻がこういう具合に見られるだけだ、ということなのだろうか。この街も町おこしに取り組んでいるらしくて、当時の雰囲気に合わした店作りなんてことに着手されているらしい痕跡が見えるけれど、忌憚のない意見をいってしまうとそうして作られた「まがい物」は見たいとも思わない。そのどこかに残っている匂いのような、そんなものが人を惹きつける。これまでに「良いな!」と思ったのはそんなものだったような気がする。だから、よそのおたくの庭先に残っていたほんのちょっとしたことだったりする。
 ここでも良いなぁ、と思ったのはお店の店先に飾ってあった綿で作った人形だったのだけれど、これが傑作。ほんのちょっとのさで、会津電鉄の車両を見逃したのは返す返すも残念。
 ここからまさか会津城に行っちゃわないんだろうかと心配したんだけれど(あれはもう見ちゃったから)、花春町の「御薬園」だったのは嬉しかった。ここは来たことがないのだけれど、とても作りの良い、回遊式の本格的庭園で、時あたかもお茶会が開かれているようでお茶屋御殿では和装の女性たちが何人も見えていた。大きな池には鴨が何羽も浮かんでいて、綺麗な波紋を拡げていたのだけれど、近づいてみると彼等は優雅なんて表現とはほど遠くて、以下なのかを泳いでいる大きな鯉たちとの間に熾烈な闘いを続けている真っ最中だったのには驚いたのだ。
 さすがに御薬園だけに売店では各種の薬草茶の試飲ができる。結構様々な用途があるらしくて、大分心も動いたのだけれど、こうした旅行先では殆ど何も買わないことをモットーにしているので、写真を撮るだけである。いやなに、ただ単に金が惜しいのである。
 そこから先はとうとう、一度来たところになるのだけれど、前回泊まった、これまたかなり古い旅館(本当に古いのであれば、それはそれは面白いのだけれど、中途半端に古い困ったもの)からほど近い、「会津武家屋敷」である。例の西郷頼母の家だったもの、あるいは旧中畑邸を見て回る。当然ここだとツアーの中にここに来たことのある人はたくさんいるはずで、一体なんでなんだろうと思ったら、多分、昼飯をツアーで食べるのにはここくらいだったのではないだろうか。あとは土産物屋にくっついたもののような類になるのかもしれない。

 最後の最後は喜多方にある浄土宗のお寺、叶山願成寺(かのおさんがんじょうじ)である。このお寺を訪ねた理由というのは、重要文化財会津大仏といわれる阿弥陀如来像にある。実に味のある山門、田舎のお寺さんらしい本堂、そしてかつて阿弥陀様をお入れしていたと覚しき、見慣れない形の屋根を持つ旧安置堂、そして現在の安置堂となっている。
 ここのお庭もかなり広くて野趣味溢れるものであるけれど、何よりも植木の雪囲いがもの凄い。そんなに降るの?!と驚いてしまうくらい。武家屋敷の雪吊りなんて較べようにならないのである。これなら万全だ。
 ここまで見物して今回のツアーは終了。東京に向かう高速道路をひた走るバスの窓から見た夕焼けが素晴らしかった。やっぱり温泉は良いものだとつくづく思うと同時に、皆さんお年を召しても楽しそうに旅に参加しておられるのが羨ましい。このグループに入ると、われわれはまだまだ若いのである。