ほぼ足りてまだ欲 その先

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天下り

 三宅勝久のMy News Japan(こちら)には実にびっくりさせられた。なんだかんだといって、これだけの天下りが今の今までおおっぴらに語られなかったことにはまったくの話、開いた口は塞がりようがなくて、このまんま気を失いそうだ。なんだか、かつての「スパイ大作戦(原題Mission Impossible)」に出てくる南アメリカ大陸のどこかの国にありそうな裏取引でありながら堂々たるものだというどうしようもない暴力的な居直りを思い出させる。

 四国電力伊方原発と東電福島第二原発の建設許可取り消しを求めた2つの裁判で、原発の安全性にお墨つきを与える判決を下した最高裁判事・味村治が、米国GE社と提携する原発メーカー「東芝」の役員に天下っていた

 というものである。
 三村治は、ウィッキペディアによれば、「第三次中曽根康弘内閣、竹下登内閣、宇野宗佑内閣の内閣法制局長官(1986年7月22日 - 1989年8月10日)を経て、最高裁判所判事(1990年12月10日 - 1994年2月6日)を務め、その後、1996年には勲一等旭日大綬章受章」して1998年には東芝の社外監査役に就任。2年間の任期を果たし、2003年に79歳で死去している。
 「いやいや、東芝監査役就任に関しては全くその様な前歴とは関係がなく」という説明が多分関係者によってなされるだろうという予測は容易につくけれど、実際の話、関係があろうがなかろうが、このような職務に就くのははなはだ不用意なことであって、そういう意図があっただろうことを疑われても仕方がない。戦後に闇の食物に手を出さずに死んだ裁判官の足下にも及ばぬ愚か者といって良いだろう。往々にして死者に鞭を打つようなことをするなといって、死んでしまうとなんでもかでも許すことを善とする風習があるけれど、この場合は全くそれになじまない。
 こうした霞ヶ関の出来事はゴロゴロ転がっているだろうことを想像させる。