ほぼ足りてまだ欲 その先

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大学新設不認可その後

 田中真紀子が三校の新設大学を不認可したことの余波が広がっている。なんたって田中真紀子は独善的だというレッテルをぺたぺた貼りまくりたいマスコミ界にとっては諸手を挙げて喜びたい格好の材料だもの。

 秋田公立美術工芸短大(秋田市)の樋田豊次郎学長が4日、記者会見し「大変理不尽で、とても乱暴だ」と述べ、不認可の撤回を求める意向を示した。
 同短大のアンケートでは北海道と東北の高校生900人以上が美術大への入学を希望していたと説明し「生徒の学び、活動するチャンスをつぶしてしまう。そこに一番怒りを覚える」と強調した。(2012.11.4 19:37 msn産経ニュース

 この記事なんぞははなはだ情緒的な扱いの典型例で、この学長は会見でパンフレットまで掲げて見せている。確かにこれまでの慣例としては「大学設置・学校法人審議会」が認可答申したら認可されてきたということではあったけれど、これは法に基づいた判断ではない。ここは非常に重要だ。確かに東北に美大で学びたい子どもたちはいるだろう。じゃ、彼らと同じ存在だった人たちはこれまでどうしていたのかという問題だ。じゃ、なぜこの短大はもっと前からこの取り組みをしなかったのか。昨年大学進学年齢に達していた同じ気持ちを持っていた生徒達はそのチャンスをどこに見いだしていたというのか。
 ましてや認可前からパンフレットをつくって括弧付きながら「新設!」を謳っていたことはフライングではなかったのか。
 私が「社会人資格」の入学試験を受けて入った大学はその前年年末に私が問い合わせをしたら、「まだ認可になっていないから何ともいえないが、もし認可になったらその旨お知らせする」といった。年が明けてから本当に連絡が来ただけでなく「本校を選んで下さってありがとうございます」とまでいわれた。まだ試験も受けていないというのに。
 つまり彼らはちゃんと認可が下りるまで待っていた。
 むしろ問題は、こんなに切羽詰まってから(受験準備の段階からいえば)の時期に結論を持ち越すそのやり方にあるといっても良い。
 今の少子化の状況の中にありながら、「経営」の観点からどんどん新設に、あるいは教育機関の転換に踏み切らざるをえないという姿勢を前倒しにし、はっきり言って大学ともいえない様な、専門学校でも良いのではないかと思われる学校をつくりだしつづける経営母体とそれに迎合する文科省のあり方に批判があっても良いのではないのか。
 産経ニュースは4日の「主張」の中で、田中真紀子の大臣による独断専行だと批判しているけれど、それならば霞ヶ関が納得する形でやればいいというのだろうか。それこそが霞ヶ関の言いなり大臣であるべきだということになって、旧態依然たるシステムを固持する頑迷保守でしかないではないか。

追記

 私のこの書き込みに対してどなたかわからない、どこかの大学の一年生(一回生と書いておられるので関西の方かも知れない)と仰る方から大変長文なコメントを戴いた。私の意見だけでなくて、田中真紀子の大臣としての決断に対する反論があり、今正に進学しようとする学生の立場に言及されているけれど、どうも私の論調を正確に理解されようとするよりもご自分の意見を発表されたいがためのコメントと思われる。
 しかも、今後このブログに私の反応を見に来るか来ないかわからないと書かれているので、この際私がお勧めしたいのはご自分のサイトで論陣を張られることである。
 大変申し訳ないけれど、以上の理由によってコメントを承認しなかった。