ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

迂闊

 夕食を終えてテレビでドナウ川流域の話を観ていたら、睡魔に急襲され、ついに寝てしまったのは多分午後8時頃であり、気がつくと午後11時で起き出すという迂闊さ。東京MXで「松嶋×町山未公開映画を観る・TV - PAPER CLIPS」の前編を見る。
 町山のブログでこの番組があるというのは知っていた。なんでPAPER CLIPなのかが分からなかったのだけれど、当時ナチに対するプロテストの意味でノールウェーでPAPER CLIPを身につけていたという史実に基づいているのだそうだ。確かに、テネシーの人口1600人の街と聴くと私のような俗な人間はすぐに(あぁ、白人の非常に閉鎖的な社会を構成しているんだろうなぁ)と想像してしまうし、多くの人々はそんな印象を持つだろう。そんな街の中学生がこうしたプロジェクトを立ち上げ、ホロコースト生存者を迎えて真摯に話を聞き、学ぶ姿は感動的でもある。しかし、その一方で彼等が毎朝忠誠を誓う米国が同じ頃、西海岸に住んでいた日系米国人に対してどんなことをしてきたのか、そして「戦争を早く終結させる」という(後付けといっても良い)理由をつけて投下した原子爆弾のことも学んでくれると良いなぁと思った。かたや、今度はまたまた翻って、私たちのこの国がどんなことをしてきたのかについても、私たちは伝えていかなくてはならない責任を負っていることも認識した。

名波浩引退試合

 BS-TBSが地元SBS制作の試合中継を放送。エコパスタジアムに一杯のお客。STELLE JUBILO(ステッレ・ジュビロ) v.s. AZZURRI GIAPPONE(アズーリ・ジャポーネ)の試合で名波は前半はジャポーネから、そして後半はジュビロから出場。最後は時間切れ一杯に名波がシュートを決めてジュビロが勝った。
 ゴンは何度も枠を外し、ようやく一点。99の矢部、ミスチルの桜井、ワッキー、土田も出場。藤田俊哉が一生懸命走っているのが嬉しかった。
 名波は清水商-順天大、三保出身の藤田は清水商で名波の一年上、三浦文丈は二年上。川口能活は三年下(澤登と川口は東海一中)。
 柱谷をはじめ中田、北澤、岡野、城、森島・・・数え上げたらきりがない。もちろんだれるところ多数だけれど、終始笑いながら観られる面白い引退試合だった。

NFL

 ワイルド・カードが始まった。

  • AFCはJETSがBENGALSを24-14で倒した。
  • NFCはCOWBOYSがEAGLESに34-14で勝利した。こちらのゲームはファウルのペナルティーが両軍あわせて228ydsとプレイ・オフ最多を記録した。なにしろ攻撃時間がDallasがPhiladelphiaの倍の約40分。これは圧倒的といって良いだろう。

 明日の朝(日本時間)は

 それぞれのカンファレンスのディビジョナル・プレイオフが来週末。そしてカンファレンス・ファイナルが24日(現地時間)に行われる。
 今年のSuper Bowl XLIVは2月7日(日)にフロリダ州Miami GardensにあるDolphin Stadiumで開催される。
 今年のハーフ・タイム・ショーにThe Whoが出演することが昨年11月26日に発表されていて、なんでThe Whoなの?という疑問を持つけれど、Wikipediaによると例のドラマ「CSI」のテーマがThe Whoの"Won't get fooled again""Who Are You"そして"Baba O'Riley"なんだそうだ。あのドラマにはLas Vegas編、New York編とMiami編があるのだ。あのドラマをほぼ毎日WOWOWで見ているのだけれど、そんなことに気がついたことがなかったなぁ。迂闊。

年賀状

 子育て真っ最中の人たちは伝えたいことが山ほどあるのがよく分かり、ひとりひとりの子どものことを周りの人たちにできるだけたくさん伝えたいんだ、という気持ちが良く伝わる。
 そんな年賀状を10年も20年も続けていた私と同年配の諸兄の年賀状に段々自分の子どもが登場することも少なくなり、できている人たちは孫の話に移ってくる。しかし、孫がある人たちばかりではないから、今度は現場から離れて見付けた自分の世界を伝え始めている。
 山登りを趣味にしている人たちは主な山には登りに行き、時には海外のトレッキングを楽しんだことも報告してくる。しかし、こっちは行ったことのないところの方が多いのだから、この写真は一体どこなんだろうと考えちゃう。みなさんパソコンで年賀状をお作りになり、インクジェット・プリンターで印刷されるので、画面上ほどはクリアに見えないのだ。
 ひと頃毎年年賀状を下さった人たちの中でここのところ途絶えてしまった方たちが何人かおられて、こっちからお送りすればお返事を下さるだろうことは想像がつくのだけれど、それはなんだか無理強いしているような気がして、遠慮している。
 「規則正しい生活をしている」といってきた彼はどんな生活を送っているのだろう。ひょんなことからその所在が分かった中学二年生の時の同級生が毎年便りをくれていてこれは嬉しい。高校の先生を辞めて医学部に入り直した先生はまだまだ頑張っているらしい。

ことば

  • ヨハネによる福音書第一章第一節「初めに言があった。言は主と共にあった。言は神であった。」
  • 丸谷才一(雑誌「考える人」31号p.106)「明治政府が気がつかなかったのは、言語はものを考えるための道具であるということです。単に命令して理解させる、そういうコミュニケーションのための道具としてしか考えなかった。そうではなく、人間は自分でものを考える時に言語を使って考える、人間の精神は言語を媒介として働く。そのことを明治政府は考えなかったと思うんです。」
  • 養老孟司(雑誌「考える人」31号p.122)「言葉って、前提に現実があるわけでしょう。虫の標本をつくっている場合に、たとえばこれにルリボシカミキリって名前をつけたとする。でも、名前をつけてもつけなくてもルリボシカミキリはいるんだよ。ね?」