ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

あなたならどうする

誰かが言っていた。あなたが職場で、自分としては許せない事を実行する
ように言われた時どうするかと聞かれたと。


そりゃ仕事ですからやりますよぉ〜!という答えが正解なのか?
それとも、ひとりの人間としての倫理観から許せないものは断固断る、
というのが正解?


今までの企業論理から言えば、やるんだね、なんだかんだ言いながらも。
その証拠に雪印食品を解散に追いやったあの雪印食品の大規模詐欺事件
を摘発した西宮冷蔵はその後の2年間全く顧客がつかず、電気代も払え
ずに休業に追い込まれ、社長は梅田の歩道橋の上で、訴えつづけてよう
やく今年の5月になって2年間の休業に終止符を打った。それでもこれか
ら冷蔵倉庫の利用者が増えるという保証はどこにもない。顧客の不正を
暴露するなんて許しがたい、というのがそうして離れていったり小企業
の論理だ。こうして見ると、自分の価値観と合わなくても唯々諾々とそ
れを続けていかなくてはこの社会は暮らしていけないのか。 


こうして、学校に行けない、社会に出ていけない子ども、若者、おじさ
んができてくるのではなかったのか。
自分がそれにまさか該当するわけもないから、そんな事心配する筋合い
なんてどこにもない。ま、どこかでそうして悩んでいる奴がいるんだろ
うし、そういう奴はご苦労だよなぁ、と思っても、まさか自分のところ
にそんな風が吹いてくるわけもない、と思っている。
風はいつどこからどんな風に吹くのか、なんて誰にも予測はつかない。


どちらかといったら、私が仕事を辞する時にこうした価値観の違いの調
整に手間取った事が関係していないのかといえば否定はできない。平成
元年の事件からこの食い違いは徐々にボディー・ブローのように効いて
きていたのかもしれない。一度こうして食い違いに気がついてしまうと、
それは日々の生活のそこここにくびをもたげてくる。


もうこういう時代になると誰もが納得するのだけれど、そうしたどんな
具合に持っていっても根本的な解決がつかない疑問は日々の生活の中で
押し殺そうとするわけだ。だから、敢えてそうした価値観、倫理観に気
づかない生活を送ろうとする。
それは年齢に関係がない。
若かろうと幼かろうと、かなり年数が経っていようと、それは大した意
味を持たない。