ほぼ足りてまだ欲 その先

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あれを書いたのは 

いささか旧聞に属するのだけれども、朝日新聞にこんな記事が載ったのだそうだ。

日中関係の論文、「反日」批判で閲覧停止 国際問題 2006年09月08日10時08分
 外務省認可の財団法人日本国際問題研究所が、ホームページの掲載論文を産経新聞のコラム欄で「公的な反日論文」と批判され、これを閲覧停止にして理事長の佐藤行雄・元国連大使が同紙上で反省を表明したことが問題化している。研究所や外務省内にも「過剰反応」と異論があり、米紙は「言論封殺」とする寄稿を掲載。佐藤氏は朝日新聞の取材に「『靖国カルト』など不適切な言葉遣いがあった。内容ではなく表現の問題だ。もう一度よく精査している」と語った。
 批判の対象となったのは、研究所の英文編集長による「日本はいかに中国を想像し、自国を見ているか」と題した英語論文。日中関係悪化の背景として日本国内の「タカ派ナショナリズム」の高まりを指摘したうえで、小泉首相や過去の首相の靖国神社参拝を「靖国カルト」(崇拝)と表現し、「日本の政治的見解は海外で理解されない」などとしている。
 この論文を産経新聞記者が8月12日付朝刊のコラム欄で「中国などの日本攻撃をそのまま正しいかのように位置づける論旨」と批判。「現在の日本の外交や安保の根本を否定するような極端な意見の持ち主に日本の対外発信を任せる理由はなんなのか」と問い、佐藤氏への公開質問状とした。
 研究所によると、産経記事の掲載直後から批判や問い合わせが相次いだため、この論文を含むシリーズの閲覧を停止した。さらに佐藤氏が産経新聞に対し「公益法人としての当研究所の立場にふさわしくない表現や、日本の立場や実情に誤解を招く用語などがあったのは指摘通りで、責任者として深く反省する」と回答を寄せ、18日付の同紙朝刊に掲載された。
 研究所は外務省から補助金を受けるシンクタンクだが「活動自体は独立している」との立場。研究所関係者からは「正しい対応とは思えず、納得できない」との声が出ており、外務省にも「研究機関だから様々な意見があっていい。論文を閲覧できなくしたり佐藤氏が謝ったりするのは過剰反応だ」(幹部)と批判がある。
 米紙ワシントン・ポスト(電子版)は8月27日付で、自民党加藤紘一元幹事長宅の放火事件とともに「ナショナリズムの高まりに後押しされ、思想統制が本流になりつつある」とする社外筆者の記事を掲載した。
 佐藤氏は「内部で事前に精査できなかったのが原因で、そこは責任を感じている。外部の識者による編集委員会を立ち上げ、論文精査の態勢を整えて掲載を再開したい」と話している。
     ◇
 論文「日本はいかに中国を想像し、自国を見ているか」の要旨は次の通り。
 中国と日本の外交関係は70年代以降最悪の状態だ。だが日本国内では自国が国家主義的、軍国主義的、タカ派的に見られているとの認識は薄い。
 「普通の国」の追求がタカ派ナショナリズムに勢いを与えているのは明らかだ。日中関係の問題は、中国やアジア諸国を日本と同等の国としてみなせなかった歴史に根がある。小泉首相が毎年の靖国参拝にこだわったことは物議を醸した。過去にも靖国カルト(崇拝)を復活させようとした国家主義的な首相はいたが、中韓の反発ですぐに撤回した。
 「普通の国」提唱者やタカ派国家主義者は、靖国カルトを復活することで歴史を取り戻そうとしている。中国にとっては過去の戦争に対する罪の認識と後悔の念が欠けているように見える。
 靖国問題が外交的に騒がしい場所である以上、日本の政治的見解が海外で理解されることはないだろう。

 これが反対の立場から書かれた論文であったら、やっぱりどこかの新聞が問題だと取り上げて追求するのだろうか。そしてそうだそうだと囃し立てるのであろうか。明確に「飽くまでも我が国は間違っていない、そうではないというのが居るのであればよその国へ行って貰おう」主義が力を得てきているのは間違いがない。これを看過していくとすると、明確に言論弾圧、言論封殺に繋がる道を歩む。そんな反応は過激にすぎるという意見が往々にしてだされるものであるけれど、私たちの国は一度とんでもない程度にまで行きすぎてしまった経験があるということを過剰なまでに意識しておく必要があると思う。私たちはそうしたところにまで行ってしまいやすい傾向を持っている。ほら、履歴書を書く時に、長所、短所というものを書いたりするではないか。長所しかないと主張する人間なんて、明らかに「眉唾物」ではないか。私たちにはそうした傾向が明確にあるのだから、少しは意識してその180度反対側へ、少し当てハンドルをしていった方が良いんではないだろうか。
 それにしても、このきっかけになった産経新聞の記事を書いたのが、ワシントンの古森義久だというのを知って、思わず頷いてしまった。あ、またこんなことを書くと、「ハイ、ハイ」とか云われてしまうのか。