ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

残るものがいるのだろうか

 遠藤武彦(68)(衆院山形2区)が置賜農業共済組合の組合長理事に就任したまま国会議員という役割を果たす、ということ自体に問題があるのではないか、という疑問をもつがそこはどうなのだろうか。例えばある企業の経営者のままで国会議員になり、その議員が経済産業大臣に就任した場合、人々はどう思うのだろうか。そこには疑問が生じないのだろうか。この事件が判明したところで、組合の理事長を辞任した野田層が、全くの手遅れとなってしまった。
 “難しい分野なんだという意味で”「ここだけは来ない方がよかった」と発言してしまったという説明がされていたけれども、多分Asahi.com (2007年09月03日12時40分)が書いているように(周辺がいうには)「山形・米沢の人らしく照れを表現しただけなの」なのだろう。しかし、大臣就任要請時の弁としては甚だ適切さを欠いていることは間違いがなく、もし、本当に遠藤自身がそう思っているのだとしたら、その時既に安倍内閣の鬼門といわれている中での農林水産大臣として適切さを欠いていたといわざるをえない。ここのところはあの「久間初代防衛省大臣」の「しょうがない」発言の事後説明と同じニュアンスを感じる。政治家としての緊迫感が丸でない。
 代議士が先頭に立って国から補助金をだまし取る、という姿からわかるのは稼げるものならばどこからでも少しでも手に入れようとする姿であるし、彼が考える「政治」がやっぱり如何に国からとるか、という部分にしか意味がないということなのだろう。なんだかんだいっても結局国政レベルとはいってもこの程度の概念で取り組んでいるものが大半だ、ということなのだろうか。
 読売新聞によれば(2007年9月3日21時50分)「農林水産省は、全国283の農業共済組合に対し、不正行為の有無について緊急調査を実施するよう通知を出すと発表」したんだそうだけれど、これが正しく機能すると本当に思っているのだろうか。毎年定期検査の時にきちんとここの書類を点検しろなんていっているけれど、そんなことをするだけの人員が配置されていると思っているのか。「まさか不正をしてはいないだろうな?」と聞いて「あ、ごめんなさい、不正してました」なんて単純に答える組合があるというのか。そんなことだったら、ハナからそんなことはしないだろう。実際に現場に定期検査に行くスタッフがそんなに細かいことまで限られた期日の中でやれるというのだろうか。
 「こういう法令を、あるいは指示を出した」から行政としてはやることはやったというのが霞ヶ関のいつものパターンだ。その後をフォローすることなんてできるわけがない、というのが現実だ。だったら、「小さな政府」なんてものがやっていけるわけがない。だから「小さな政府」は本来的にあるべき姿ではないのではないのか。
 それにしても、大臣だ、政務官だという肩書きを外せばそれで良いのか。自民党を離党してしまえばそれでよいのか。政治活動費の中で何度も同じ領収書を使い回すという姿には、今初めてこれをやりましたとは読むことができないだろう。そんな行動が日常化していたであろう姿が浮き彫りになる。そんな奴に私たちは国会というものは運営して貰うのか。それで充分なのか。
 こんなことばかりの毎日で、きちんとした政治について語られる基本的基盤が構築されていない。もうどう考えても無理なんじゃないのかなぁ、お坊ちゃん。最近彼が話しているのをテレビのニュースで見ていると、彼にリアリティーを感じなくなってきている。そもそも「反省すべき点」というものがなんなのか、未だにお伺いしていない気がする。
 与謝野官房長官は会見で「身体検査をしてもわからないのか、誰がわかるのか」と聴かれてしばらく考えた末に「お医者さんでしょうね」といった。これ、麻生がいった場合だったら、「また始まったか、このくそオヤジは」と思うのだけれど、与謝野だと「さぶぅ〜!」といってしまいそうだ。
 昨日の朝のラジオで須田慎一郎の説明「毎年1月1日付の領収書が便利がられるんですよ、どうしてかというと一番改ざんして使い回しがしやすいから」には笑った。