あ、写真を撮り忘れた。午後から早稲田大学の15号館である学会の研究会を覗きにいったら、早稲田の北門の桜がもうほころんでいたのだ。いち早く撮影してみんなを羨ましがらせたかったなぁ。
保阪正康 & 原武史 対談「昭和天皇の歴史と祭祀」
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今日のこのお二人の話はなるほどと思い、驚いたことだらけだけれど、貞明皇后についての多くの話は原の「昭和天皇」の中に書かれていることではあるが、やはり私の頭の中にはこれまでほとんど登場してこなかっただけに意外なことではあった。
保阪が持ち出した話ではあるが、秩父宮は貞明皇太后に遅れること約1年半ほどで亡くなるが遺書を残したそうである。そこには妻が許せば解剖をしても良い、私は宗教を持ってはいないから荼毘に付しても良いと書かれていたそうだ。保阪はこうした内容は貞明皇太后が生きていたらとても書けなかったことだろうという。そして「無宗教だから・・」というくだりも衝撃的だという。しかし、考えてみるとかつての多くの天皇は出家して仏の道に入っている。大胆にいってしまえば国家神道とは皇族にとっては宗教という認識の元にはおらなかったということなんだろうか。
重国籍
午後からのこの研究会を覗こうと思ったきっかけは、ひとつに友人が加わっている会だというのがあるけれど、当日の発表のラインアップを見ていて、日本における二重国籍問題について触れる人がいるということにもあった。
私の二重国籍に対する興味のよって来たるところは、結婚によって外地に引っ越した人たちが歳をとって自立できなくなってくるときに日本に帰って畳の上で死にたいと思ったときにそれは可能だろうかどうだろうかという点にある。
もうそろそろいわゆる「戦争花嫁」と呼ばれた人たちはその数が減少しつつある。つまり彼女たちの何人かは様々な理由で苦しみながら人生を終えていく。こうした人たちがより容易に自分の生まれ育った環境に立ち返って最後の時間を送ってもらいたいと思うからではあるが、残念ながら今日はこうした視点で語られることはなかった。
自ら選択した結果だから自業自得で仕方がない、というのではなくて、そしてどんな状況になっていたかというところに問題があるのではなくて、今その人がなににせっぱ詰まっていて、なにを必要としているのか、どうしたら良いのか、というところが重要なのではないだろうか。