ほぼ足りてまだ欲 その先

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床屋

 私はもう何年も1000円床屋にしか行ったことがない。
 30年前にはその当時暮らしていた町内にあった床屋に通っていた。当時は頭髪は針金じゃないかと思うほど堅いぴんぴんしたものが密集していた。今からは誰も想像ができない。まさかこんなことになるのだとは思っても見なかったのだけれど、父親の頭髪を見ていて、そしてもうフワフワな柔らかい髪の毛だったおふくろの髪の毛を見ていて、なんで自分だけこんなに豊富な髪の毛をしているんだろうと、その血筋を疑わんばかりだったのである。それがこの歳になってみたら、ものの見事にオヤジそっくりな状態に成り下がってしまい、油断して何ヶ月もそのままにしておいたら、朝の洗面で間違って鏡を見てしまった時に、そこに両親そっくり状態の私の頭を発見して驚愕の余り固まってしまうのである。久しぶりに昨日会った4年ほど若いかつての同僚に「その頭はどうしたのか」と言わしめたほどである。
 それほどかつては正に真夏のハナミズキの如きであったために床屋に行くのも行き甲斐があったというべきだろうか。一時期はパーマネントまでかけていたほどだったのである。今、あの頃の写真を見ると、お役坐様のようでもある。
 25年ほど前にその床屋が店終いをしてしまって、今度はもう一軒の町会にある床屋に移った。ここは土曜日なんかに行くと、お役坐様がお越しになっていたりして実に不穏で、このままここで髪を刈っていると、気がついたら通りかかった車から飛び降りた無法者がマシンガンをぶっ放して、あとで気がついたらそれがヴァレンタインデーなんかだったらどうしようか、というくらいだった。しかし、他に行くアイディアが浮かばなかった。
 今のところに引っ越す前日にもここの床屋に行ったのだ。なぜなら引っ越し先でまたいちから床屋を探すのが面倒だなぁという気持ちがあったからでもある。
 で、いざ引っ越してみると、今の集合住宅の直ぐ真裏に一軒の仕舞た屋の床屋があって迷う必要もなかったのだけれど、行ってみるとちょっと面倒な感じのおじさんがひとりでいた。その頃丁度1000円床屋の「QB」があちこちにチェーン店を展開し初め、店が増えてきた。ある時、御徒町昭和通りと春日通りの角にある多慶屋に行ったときにちょっと昭和通りを銀座方向にいったところにQBがあるのを見付けてそこに入ったときに、どうせなんだから6mmのバリカンで刈り上げてしまえ、というアイディアに至った。それからしばらくして日曜日に築地に出掛けて見ると、築地警察の前を通って昭和通りに近くまで行くと、そこにもQBがあることを発見して、その両方を適宜に使っていた。
 QBのメリットは1000円という格安料金で取り敢えず髪の毛が綺麗さっぱり短くすることができるという点にある。デメリットは髪の毛を洗わないからスッキリしないこと、マッサージをしてもらえないこと。髭を当たってもらえないこと、なんだけれど、その辺は家でもできることでもあるし、床屋さんでのマッサージ程度では肩こり持ちには解決に至らない。
 もうひとつは地縁性に縛られることがないというのはメリットかも知れない代わりに、それまで地域で形成されていたはずの繋がりを放棄して無縁社会への一歩になっているかも知れないという気がしないでもない。
 それが多分一ヶ月ほど前にうちから歩いて5分ほどのところに「QB」でもない1000円床屋が開店したのである。この周囲には裏の一軒も含めて5軒のこれまで通りの床屋さんが営業している。これはかなりな周密度ではないだろうか。そのうちの一軒はいろいろ工夫をしていて、フルサービスもできるし、カットだけでも提供できるという商売を始めた。他の店は昔ほど人が入っているとはとても思えない。これほどのデノミ社会に落ち込んでいるところで、3000円、4000円の出費は結構きついものがあるのは事実だろう。
 しかし、この新しい1000円床屋が果たしてここで長いことやっていけるのかどうなのか、難しいところがあるかもしれない。というのはここは地元に暮らしてお店をやっている人たちが主流だからだ。このあたりを勤務地として通ってくる人たちがたくさんいる地域であれば需要はあるかも知れないのだけれど、そういう場所ではないのだ。はてさて、どうなるんだろう。