私は年賀状は歳が開けてから、戴いた年賀状にお返事、という感じで作らせていただいております。ま、そもそも年賀状ってのはそういうものだ、という考え方もあるのですが、歳が開けるまで何があるかわからないから、というのもあるんですよね。二年前まで葉書にいろいろ近況を書き連ねておったのですが、どうもそんなこともわからないし、というので年明けに書くと決めてからそういうタイプの中身をやめてしまいました。そうかといってこれから先そうだということに決めたわけではないのです。いつ、これが蘇るかも知れません。つうか、なにしろそういうことを書くことは嫌いじゃないですからね。
今年は何かを書こうとすると、やっぱり自分が古稀という年齢に達してしまったんだという論調が中心になります。というのは70歳にならんとしてからというもの、なんだか身体的に急に歳をとったような気がするのです。「アタタタタ・・」というのが日常茶飯事ですし、階段が段々怖くなって参りました。あと10年は生きたいと思いながら。
大晦日
いちいちいうようなことではないのですが、昨夜はまったく一度も、NHK総合テレビを見ずに終わりました。ここ数年ほとんど見ていません。見る気もしません。もう、そういう歳になったのかも知れません。わざとらしくて、いやなんです。嘘だからね。
でもって一方では圧倒的なSMAPが解散だといってわぁわぁになっていますね。こっちもまったく興味が無いので、なんとも感じないわけですが、それって要するに社会参加していないって事になるんでしょうかねぇ。おかげでこの年末、ゴルフに興じて稲田の靖國については「ノー・コメントだ」で済ますことが出来た安倍晋三なんかは上手いことやったんだろうな、と思うくらいでございます。
銀座松屋前の社会鍋なんですが、例年だとクリスマス前にあそこに出ていて、しかもおじさん、おばさんが制服を着ていたんですが、今年は大晦日に通りかかったらやっていて、しかも、ラッパを吹いている人たちも全員若い人たちなんですよ。救世軍に何かが起きたんでしょうかねぇ。
2016年12月31日のツイート
@nsw2072: 今夜は夜中に蕎麦の類いを喰っても正当且つ文化的な理由が付く大変に素晴らしい晩でございますな。太ったってもうどうでも良いや!
@nsw2072: 資産何十億円、何百億円という人がわざわざ媚びを売って日本公演をしたり、テレビに出てくるのは一体、なにが動機なんだろうね。やっぱり一度フットライトを浴びたらもうやめられない、って奴なんだろうか。これも一種の中毒症状なんだろうか。
@nsw2072: そういえば海軍の戦闘機乗りが源田実に操縦席の背中の装甲板を強化してくれ、といったら「精神力で乗り越えろ」といわれた話をどこかで読んだなぁ。あれはどの戦闘機の話だったんだろう?やっぱり零式かな。源田実は戦後参議院議員になったなぁ。ユルユル国家だ。
@nsw2072: 今のうちにちょっと出かけてきよう!
@nsw2072: 逆にプーチンから招待される駐ロシア米国外交官の子どもは不気味に思うだろうなぁ。行きたくないだろうなぁ。だって、まるで人質にとらわれているようじゃないか。前時代的な話のような気がするがなぁ。
@nsw2072: この国を天皇を神とする国家として構成し直すということを目標とすることによって、一体何が得られるんだろうか。そのために命を捨てることが当然の名誉として捉えられる国家となることによって誰がなにを得ることができるのだろうか。それが得られないんだとすると、それはなんのための目標なのか。
@nsw2072: 福一が怖いなぁ。
@nsw2072: また揺れている