ほぼ足りてまだ欲 その先

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よくよく人が良いと思われて

 税制調査会は「個人所得課税に関する論点整理」を発表、というニュースがテレビジョンでも報じられていた。「サラリーマンに頑張ってもらうっていうことだ」という石会長のコメントはきっと反発を買うだろう。昔から「クロヨン」という。被用者の所得補足率は9割、だけれども個人の中小企業者は6割の所得が補足され課税されており、農家は4割の所得しか補足され課税されていない、という指摘である。
 これにはいろいろな論争がある。そんなことをいったって、いったい農業従事者のどれだけの人が自分の子どもたちに「こんなにおいしいんだから、農業をやったら儲かるよぉ〜」と云い、子どもたちがそりゃおいしそうだといっているっていうんだという人がいる。つまり、おいしい商売をやっているのはサラリーマンなんだよ、綺麗な商売で、儲かる率も高いじゃないか、だからその分払うものは払えということである。
 かたや、総背番号制にならなきゃどう考えたってみんなの所得に対して完全な徴税を実現するのは無理だとする考えもある。ここでは必ず、統一された番号で国に個人が管理されるのは警察国家への移行になる、避けるべきだという論理があるから実現しない。私も、とにかく必要経費もおざなりな認められ方でしかなくて、しかも前払いであるサラリーマンは単なる「お人好し」にすぎない扱いだという考え方だった。
 税収源を確保するためにはきちんとした徴税システムが成り立っていなくてはおかしいじゃないかというのが基本である。つまり、きつい仕事なんだから10割の所得が捕捉されるのはかわいそうで、楽というかええ格好して労働時間単位で見るとより高い収入を実現して暮らせるんだから10割の所得を捕捉されて当たり前なんだという論理はこれはおかしいだろう。徴収される税額の上でそれぞれの個性に従った税額となるのであれば納得がいく。つまり、所得は皆が皆フェアにつまびらかになるべきであるということである。時を同じくして国税が脱税のための所得隠しの様々な摘発例をテレビを通して発表したのは、もちろんこれがらみを考えたことなんだろうねぇ・・・。「マルサの女」という伊丹十三の映画を想い出す。こうして悪い奴は摘発していますよ、だからあんたらサラリーマンは文句を言わずにどんどんもらっちゃうけどご理解、ご理解、といっているように見える。どんどん控除分が減らされようとしていて、特定扶養者控除まで取り上げられちゃうという。これ見ていると少子化なんてものを全く考慮に入れていない。メイン・ストリームで1.29まで下がった特殊出産率を上向きにもっていくのが世を挙げての命題ではなかったのか。ここはひとつきちんと説明してもらいたい。
 税収を回復させるために法人税の見直しが確実に必要なのは目に見えている。しかし、財界・与党連合がそんなことを税制調査会報告書に書かせるわけがない。いったいなんのために企業献金をしているというのか、というくらいのものである。どうせサラリーマンは選挙の投票だってちゃんと行くわけはないのである。だから、確実にこういうどうせ文句も言わない層から金を集め、最大限に優遇されている企業に対してしっかりと貢献する、という姿になる。なんといってもこのおじいさんたちはそんなに長いことこの先生きている訳じゃないんだもの。今のうちにわかりやすい相手によいしょとやっておかなくちゃ。
 尤も、サラリーマンも「自分は単なる雇われじゃなくて、経営陣の一端を担っているのだから」なんて正々堂々と騙されちゃっているのもいるくらい。
 きちんとフェアに所得の捕捉率を上げる方法がないわけではない。しかし、それは人手を増やすという非常に単純な方法である。つまりそれだけまた税収を増やす必要があるのであって、バランスの問題になる。つまり、文句を言う奴と、どんなことをしても文句を言わない奴とを天秤にかけてみているわけである。これで、また被用者層がなにも言わなければ、もう一歩踏み込むのだろうか。労組ってものがかつてはあったんだけれどもなぁ・・・。そういえば国民健康保険料というものは誰でも一律の保険料である。本来的には応能負担であるべきだろう。2005年6月15日付読売新聞だって『国民年金制度が1961年に創設された際、当時の厚生省は、「将来の姿としては、所得に応じて保険料を徴収することが望ましい」と国会答弁などで繰り返し説明していました』と指摘している。それでも応能負担を実現するためには不可欠となる所得の捕捉がフェアに行われない以上、フェアな税負担というものはあり得ない、ということになる。
 人が良いのもほどほどにしなくちゃならないんだろうけれどなぁ・・。