ほぼ足りてまだ欲 その先

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言葉

 言葉の使い方というのは難しくも面白いものである。日本という国が戦争に取り組んでいたのはアジア太平洋戦争のわずか3年8ヶ月かと思っていた時期があった。なぜかというと、その前に中国国内をあっちからこっちから蹂躙していたのは戦争ではなくて、「事変」ばかりだったからである。実はそれも実質的には戦争であったわけであるけれど、「事変」という言葉を駆使することによって国際的な「戦争」とは異なるのであるといういい訳をすることができた。うまいごまかし方であったわけだけれども、こうしたごまかし方はいまでも普通に私たちの国が行ってきたことをうまくオブラートに包むためには使われている。そういう意味では文化の継承はきちんとなされているんだなぁ。
 どうせまたうまいいいわけを誰かが考えてくれちゃうんだろうが、新風舎文庫の「生き残った元日本兵戦争証言110」は一人一人にほんの少しのスペースしか割かれてはいないけれど、一言一言が重い。どんなことを云ってごまかしてみても、結局苦しむのはひとりひとりの人間だ。どんなにいいくるめても、どんなにへりくつをこね回してみても、それは変わらない。「戦争という極限状態」において最後にものをいうのは敵も味方もなく、一人一人の人間を慮る考え方の文化と環境なのではないか。敵についても、味方についても一人一人の人間の尊厳を、その命に正対して考えていれば、自ずから導き出される方向は定まる。いくら枝葉末節の言葉にこだわってみたところで、階級的な人間性を意識的にも無意識的にも身につけてしまっていると、後付の解釈の仕方でいくら塗り固めてみても、その人間性の誤りは露呈する。
 「敵に捕まるくらいなら名誉の戦死を選べ」と檄を飛ばすファシズムはどんないいわけをしても救われない。まさか、おかしいと思うならその体制にあらがうべきであったので、それをやらなかった一人一人の民衆が悪いのだという論理にはならないだろう。では、あの時、いったい何が悪かったのか。なぜ一人一人の民衆は騙され、その道に走り、死へと突っ走ったのか。すでに食糧事情が悪化していたあの時点で奇襲攻撃によって戦争を全面的に拡大していく、つまりあたかも自滅への道を一気にたどる結果になぜなったのだろうか。もし、これがいわゆる大儀のある全面戦争(そんな理由付けなんてあり得ないわけだけれど)だったとしたら、どうして大きなダメージを受けていながら国民に対して嘘を突き続けなければならなかったのだろうか。やっぱり嘘、あるいは事実の隠蔽をマスコミが社運を賭して追求して行かなくてはならないという点で、マスコミの使命は大きい。その意味では当時のマスコミはすべて失格であった。ならば今はどうかといえば、程度の問題ではなかろうか。警察、あるいは検察の中での不正行為をどの新聞社が本気になって追いかけているだろうか。政治家の、特に与党政治家の醜聞、隠された過去の不正といったものを追いかけているかと云えば、とても肯定できるものではない。
 与党の、つまり権力を持つものの不正を倶楽部組織からの村八分を恐れ、広告スポンサーの反発をおそれて大いに腰を引いたスタンスをとっているといって決して間違いではない。権力のいいなりになって記事掲載を逡巡する、そんなマスコミは何社も要らない。そんなマスコミ、新聞社でいったら、既に立派にいいなりになっているのが2社あるわけだから。「サヨ」と呼ばれようが、偏向といわれようが、権力の不正をマスコミがしっかり追わなくてはいったい誰が権力と戦うことができるというのか。また同じ轍を踏む過程を公然と晒していこうというのであろうか。
 学歴詐称は国会議員として明確に失格である。しかし、その失格該当者は元民主党議員だったあの人だけなのか?大学の公開講座に申し込んだら、その大学へ留学したことになるのか?これは学歴詐称ではないのか?きっとあの事件以降皆さん疑わしい学歴(そんなもの、自分が一番よくわかっているわけだけれど)をきっとご自分のプロフィールから削除されたことでしょうな。当時のプロフィールを持っている人なんてそんな物好きがいるとは思えないからもう大丈夫だと思っているんだろうね。