帰りの地下鉄に乗って漸く空いた席に座ると斜め向こうに見える扉の横に立った50歳前後の女性がバッグからA4サイズで紺色の色紙で表紙をした、縦書きの冊子を取り出す。ちらっと中の頁が見えたものだから縦書きだとわかったのだけれど、それがあたかもなにかの台本に見えた。昔のこんな台本といえばみんなわら半紙で、ガリ版切りと相場が決まっていた。そして女性の人はなぜか表紙を書けていたものだなぁと思う。連れあいとの話がふと切れて、何気なしにその人を見やると遠くを見やりながらぶつぶつと口を動かしている。あぁ、やっぱりあれは台本で、この方はセリフを頭に入れておられるのだな、とわかった。非常に印象的なセリフというのはいつまでも覚えているものだけれども、こうして一生懸命覚えても、それが過ぎてしまうともう二度と出てこないものが大半だ。短期記憶は7つが限界だったか。もうそれすら忘れてしまった。
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