ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

本当のことを云うと

 以前私のこのブログに楽しいコメントを下さっていたオシレーターさんがこちらでお書きの様に、私はビートルズといえば前期を優先する訳だけれども、それには実はとても怠慢な理由がある。
 というのは、1968-9年にかけて私は友達とビートルズバンドを4人で構成して演奏をしていた。当時のアマチュアバンドに必須だったのはボーカルアンプだ。PAという思想が日本のアマチュアにとって自然なものになるにはGrand Fank Railroadが日本にやってくるまで待たなくてはならない。勿論モニターだってありゃしない。メインを唄っている人間の声が聞こえるのはかすかなわけで相手がこのコードにのせてこの音を出しているという前提で自分で自分が出すべき音を出すしかなくて、音量のバランスがどんなことになっているかなんて全く分からない。それほど現場で造り出す音には限界があったし、自分たちが自分たちの音を重ねて造る、なんてことは考えられない。つまり、私にとってのビートルズは、自分が再現することのできるビートルズだと云うことなのである。オーケストラを後ろにずらずらと並べて造り出したあの頃の派手な、そして大きなテーマを抱えた楽曲のすごさは確かに面白いのだけれど、私にとっては私たちをその辺に放り出して置いてけぼりにして、遥か彼方に行ってしまったビートルズ、という印象なのである。
 ところでボーカル・アンプの話になるが、当時の私たちにとってはACETONEやGUYATONEが製品化していたスピーカー二本とミキサーアンプ、そしてディレイ・マシーンが魔法の様に感じたものだ。友人の中に金持ちの息子がいて、彼が親に買わせたそのボーカル・アンプをあたかも自分たちのものの様にあっちにもこっちにも持っていった。ディレイの構造はエンドレス・テープがまわって、音声をテープに録音し、そのすぐあとに再生ヘッドが4つほどくっついていて遅れて再生するという機構。今だったらホンちっちゃな箱で再現できちゃう。しかも、そのエンドレス・テープが良く切れた。その度に道具箱から接着テープとカミソリを取りだしてまたエンドレス・テープを繋げたものだ。しかし、なんだかんだといってもアナログというのは目に見えるのがよい。マックOSもデスクトップ上に繋がっているものが見えるのがよい。あんまり関連がないかも知れないが。