ほぼ足りてまだ欲 その先

「ほぼ足りてまだ欲」がはてなダイヤリーの廃止にともないこちらに移りました。

新春浅草歌舞伎

 2月3日(日)に「大江戸バンドセッション」が開催される予定の浅草公会堂に恒例の「新春浅草歌舞伎」を観にいく。今年でこの若手の歌舞伎も8年目だそうだ。私はいつから観に行き始めたのか定かではないが多分3年目くらいか。それも今年は一日で朝の11時から始まる第一部と午後3時から始まる第二部をいっぺんに見てしまおうという算段。いつもネットで3階席を買う。この日は一部も二部も空いているということだったので、それならいっぺんにと思った次第。3階には声をかける人が2-3人いて、ワクワクする。一人はとても上手で、あぁ、この人に「火のよぉ〜じん!」と一度やって貰いたいと思った、ってそりゃ落語の「二番煎じ」だ。三階席からは花道が七三の辺りでようやく役者の頭が見える程度。それなのに「シャッ」と花道の幕が開いた音がしたと同時にこの人たちは声をおかけになる。今日で何度目、いや、芝居を熟知しているってことだろう。
 一部の挨拶は今日は獅童である。ちょんと木が鳴って、定式幕が舞台中央だけ引っ込められるとそこに獅童が紋付き羽織袴でお辞儀をしていて、型どおりの挨拶。と思ったらすぐに後ろからワイヤレスを取りだして立ち上がり、花道に足を踏み込んでごく普通に話し始める。花道横の一列席の一番前に若い男が座っていて、獅童が彼をいじる。なんとまだ二十歳だという。良いねぇ。こんな歳から歌舞伎を、それも一番前で観られて。どんな境遇で育った方なんだろうか。で、「好きな役者はそれじゃ誰?」と訊ねるや否や彼が間髪を入れず「勘太郎!」と答えて場内爆笑。「君ねぇ、そういう時は嘘でも良いから『獅童!』って答えて頂戴ね。すぐに勘太郎さん、出ますからね」と諭す。

傾城反魂香(けいせいはんごんこう)土佐将監閑居の場

 落語・黄金餅の「虎が啼いたら大変だぁ〜」じゃないが、のっけから虎に驚くねぇやっぱり。鳴り物がいいや。巳之助は今年が浅草新春歌舞伎に初参加。第二部での挨拶で七之助が「ようやく最年少ではなくなりました」といったくらいで、巳之助はなんと平成元年生まれである。もうちょっと声が通ると良いねぇ。これからどんどん巧くなるのだろうなぁ。八代目三津五郎のひ孫になると聞くと「あぁ、自分も歳を取ったんだ」と突きつけられるような気がする。勘太郎熱演である。でも、白状する。あれが勘太郎だとは思わなかったのだ。じゃ、誰だと思っていたんだということになる。見張っていろといわれて花道の奥を見る。双眼鏡で観ていたら瞬きひとつしないのである。目が乾いて辛くないのか?
 弁当はいつもの通り焼き鳥弁当を買ってこようと思ったら今日は売ってなかったので、スーパーの簡単な弁当、350円である。得意の250円弁当にしようと思わなかった訳じゃなかったけれど、ご飯を一杯食べてしまって眠くなったらもったいないからこっちにした。

弁天娘女男白浪(べんてんむすめめおのしらなみ)浜松屋店先より 稲瀬川勢揃いまで

 七之助の弁天小僧は前にも中村座で観たことがあり、この時は南郷力丸が勘太郎だったような気がする。その時私達は他に席が空いていないと当日いわれ、泣く泣く有り金をはたいて花道の丁度それこそ七三の辺りの横にいた。せしめた二人がここで半分に割るといって懐の小判を取り出そうとするが、この時七之助がこの小判をチャリン、チャリンと花道に落としたのである。今日の花道のやりとりを観ていてそれを想い出した。
 勢揃いのそれぞれのセリフをいつかきっとそらんじてみようと思いつつ今まで全くやろうと努力をしたことがない。あれもやりたいこれもやりたい、といいながらなんにも実を結ばない。
 一部が終わって一旦外に出なくちゃならない。なにしろ一番てっぺんにいるんだからゾロゾロ、デレデレ下まで階段を降りる。もう人だらけだから自分のペースなんかじゃ歩けやしないんだから諦めるしかない。取り敢えず角のスタバまでゆっくり歩いていって、ラテのグランデをタンブラーに入れて貰う。こっちまで混んできている。この歌舞伎のおかげでこの界隈の喰いもの屋さんに限らずお客さんが増えているんだろうなぁ。オレンジ通りの満願堂で「芋きんつば」をひとつだけ戴いておやつにする。隣の芋屋には列が出来ているのにこっちには誰も客がいないのである。どうも一階奥の展示スペースでも何かをやっているらしいのだけれど、それを見る余裕なんて無い。開演15分前に席に上がると、なんと第一部の時と全く同じ席だった。周りを見回すと席は替わっているけれど、あの人たち、この人たち、第一部の時に3階で見た顔が何人もいる。結構通しで見る人がいることが分かった。「おせんにきゃらめる」ではないがおやつを売りに来る。プログラムとイヤフォン・ガイドを売りに来る。もちろんイヤフォン・ガイドは貸してくれるのであるけれど。私のような初心者には非常に有効なんだけれど、片方の耳に突っ込んでいるとセリフが良くきこえないというジレンマもある。なんだか、国際会議で同時通訳の日本語を聴いていて意味がよく分からないんだけれど、英語だけにするとついて行けない時のジレンマに似ている。もし出来ればなんだけれどセリフをそのまま片耳から大きな音で流してくれるチャンネルがあったら良いんだけれどなぁ。3階客席では相当に有効。
 第二部の冒頭の挨拶は七之助である。彼は座ってそのまま挨拶をした。で、この時に彼が巳之助が来たから最年少ではなくなったと発言。

祗園祭礼信仰記(ぎおんさいれいしんこうき)金閣寺

 浅草公会堂にセリがあることを初めて知った。獅童の大膳は悪そうなんだよなぁ、実に。彼はやっぱりヒールなんだろうかねぇ。桜吹雪ったってこの舞台の桜吹雪は並大抵の桜吹雪ではないのだ。どんどん、じゃんじゃん、降り注ぎ舞台の中だけではなくて客席の方にも降り注ぐ。幕間にこの桜吹雪をどうやって回収するのかと思ったら、なんと電気掃除機である。それも手元に袋がついた奴で、豪州で良く枯れ葉をガードナーが集めていたあの掃除機のようなものと同じじゃないだろうか。「ウィ〜ン、ウィ〜ン」と唸っていた。金閣寺の濡れ縁(っていうのかどうか知らないが)その下になにやらカーボンの釣り竿のようなものが横たえてあるのが上から覗く双眼鏡で見えてしまうのだ。何かと思ったら雪姫が描いたら本物になっちゃったという鼠を黒子がちょろちょろさせるためのものだった。なにしろ雪姫はあの雪舟の孫なんだから鼠を書くんだね。しかし、黒子の方がブルブルと震わせる割には鼠はブルブルとならないような気がする。竿だけがブルンブルンしているようだ。
 長丁場なのは分かるんだけれど、隣のおばさんが靴を脱いだ足を組むのはあんまり良いムードではない。こういうことが気になる。気が小さいものだから。
 25分の休憩に2階席ロビーの端にあるトイレに降りていく。3階席ロビーには女性用のトイレはあるんだけれど、男トイレがない。恒常的にそうなのか、歌舞伎だからそうしているのかは知らない。そういえば歌舞伎の時以外に浅草公会堂で3階席に登った記憶がない。逆に歌舞伎を浅草公会堂の一階で観た記憶がない。で、その2階席ロビーのトイレ前にはガラスで区切られた喫煙所があったり、飲み物の自販機があったり、ちょっとした椅子が並べてあったりするものだからおばさんがわいわいとごった返している。トイレから出て3階に戻ろうとしてもおばさんたちがなかなか道を空けてくれないから時間がかかる。お声をおかけしながらゆるゆると進んでいると向こうから相当に強引におばさんがやってくる。止まってやり過ごそうとするとそのおばさん、急ぐあまりにご自分の足が絡んだかどっと前に倒れる。後ろから来ていたおばさんに倒れかかる。その後ろから来ていたお二人が手に紙コップに氷の入った飲み物と、ホットコーヒーをそれぞれ手にしていたものだから、それが倒れかかったおばさんにバラバラと掛かる。わぁ〜と芝居の立ち回りのような大騒ぎである。「なっかむらやぁ〜っ!」

与話情浮名横櫛(よわなさけうきなのよこぐし)木更津海岸見染の場、源氏店の場

 なんせ有名な芝居だけれど、見染めの場は初めて見た。この芝居を通しでやるなんてことはもう決してないんだろうか。なにしろ長い。九幕三十場だってんだからこっちも持たないだろうねぇ。これは落語になっているところもある。先代馬生の「島抜け」ってぇやつを聴いたことがある。子どもの頃から源氏店の場の話だけは良く知っていて、なにしろ春日八郎の「お冨さん」は空前の大ヒットだったはずで、今でも私だってそらんじることが出来る。それから八波むとし、三木のり平の「源冶店(げんやだな)」の劇中劇がそりゃもうおかしくてテレビの前で腹を抱えての大爆笑だった。今想い出してもたまらない。この舞台は大受けだったものだから再演もされて、それもテレビ中継された。そういえば昔のテレビは舞台中継を良くやっていたものだ。新国劇だってテレビ中継されていた。
 「おかみさんへ・・ご新造さんへ・・あ、いやさ、お富ぃ・・久しぶりだなぁ・・」は小学生の頃から唱えていた記憶である。なんだか子どもが唱えるべきではないような淫靡なものを感じていたんだけれど、それがお富が囲われものだってことだったんだろうか。
 今日に限ったことではないけれど、太夫の熱演にはいつもいつも感じ入る。3階席から双眼鏡で太夫と太棹の演者をじっくり見る。時には太棹が二本になってデレイ効果を出したり、ハモったりするんだなぁ、これが。そしてあの前掛けのような袴と後ろを留めていない肩衣といい、どうしてあんなものなのか聞いてみたいものだ、おおよそ予想はつくけれど。